FAQ(22) 和紙製造時に使うトロロアオイなどの粘剤(ネリ)の役割について教えてください。

ご質問

①和紙の手漉きを時々テレビで見ることがありますが、出来た紙を何段も積み重ねています。どうしてあんな方法をとっても、くっ付かないのですか?。

(K.Fさん)

②和紙の手漉き時にトロロアオイなどの粘剤(ネリ)を入れるようですが、木材パルプを原料とする洋紙製造時は接着剤を入れると何処かで見ました。粘剤と接着剤とは同じ効果なのでしょうか?。

(K.Kさん)

 

ご回答

このご質問2件に共通として、和紙製造時に使うトロロアオイなどの粘剤(ネリ)の役割についてお答えします。

 

わが国の伝統的な和紙の紙漉きの方法には、「溜め漉き」と「流し漉き」があります。流し漉きは、わが国で古くから開発された紙漉き法で、現在まで和紙作りの多くはこの方法です。その流し漉き法はでネリ(粘剤)を使います。

それでは次に「流し漉き」法を紹介します。

よく叩解(こうかい)した靱皮繊維などからなる紙料液の入った漉き舟に、トロロアオイ、ノリウツギなどの植物の根から採取した粘液物質であるネリ(粘剤)を添加します。ネリを使うことにより、次のような効果があります。

  • 紙料液にネリを混ぜることで、水中の繊維を均等に分散して浮遊させ、漉き舟の底に沈殿しにくくして、漉きやすくなります。
  • 次に紙を漉くわけですが、紙質の形成には紙料液を汲みあげて、簀(漉簀・漉き網)から水が落ちていくまでの時間と漉桁を揺り動かす操作が勝負です。しかし、ここでもネリが大きな役目をしています。

紙漉きのために紙料液を竹ひごやカヤ(萱)ひごを編んだ簀のある漉桁で汲みあげますが、このときに漉簀から水が滴り(したたり)落ち脱水されて、繊維が簀の上で配向し紙質が形成されていきます。

この紙質の形成が早すぎないように、紙料液中にネリが添加してあるため、紙料液の粘性が高くなっており、簀から水がすぐに抜けにくくなっています。

すなわち、ネリの濃さで水の粘度を調整し脱水をコントロールしますが、その濾過速度が緩やかになことにより、紙漉きのための動作に余裕が生じ、この間に漉桁を時間を掛けて揺り動かすことができるようになります。

そこで漉桁を前後左右に、すなわち縦()方向や横(左右)方向に何回か勢いよく十分に揺り動かします。しかも、ネリの添加により繊維が水中でよく分散し、浮遊し沈殿しにくくなっており、均一に絡み合い簀の上に紙層が残るようになっていますので、この操作を数回、繰り返すうちに繊維同士がよく絡み合って厚さも均一な紙の層ができます。

紙の厚さはすくい上げる量と回数で決まりますが、余分の紙料液を簀桁の前先から勢いよくサッと漉き舟の中に流し捨てます。これを「捨て水」と呼んでいますが、この繰り返し操作によって、繊維は簀桁の縦方向に並び、かつ繊維の不規則な塊や塵、皮屑などの夾雑物が除かれきれいで強い紙が出来上がります。(注)叩解…木棒で手打ちするなどの方法で繊維を解(ほぐ)すこと。

この簀桁を数回、すくいあげたり、揺り動かすことや、捨て水を捨てることが流し漉きと言われる所以です。

こうして漉かれた湿紙を一枚ごと紙床(しと)に積み重ね、重しをのせて水切りをしても、上下の紙同士は繊維が絡み合うこともなく断層状態にあり、お互いにくっつかないで一枚ずつ容易に剥がれやすくなります。この剥がれやすくするのもネリの効果です。

なお、溜め漉きの場合は、できた湿紙同士がくっつかないように、一枚ごとに湿紙を紗(しゃ)などの布にはさんで、紙床に積み重ねますが、流し漉きでは上記のように、紗などの布をはさみません。湿紙同士がお互いにくっつかないからです。

長くなりましたが、これがご質問①の回答です。

(2001年9月2日)

 

このようにネリは、流し漉きによって良質の紙をつくるため必須で、このネリの効果が「流し漉き」という世界最高の紙、和紙を生む技術を確立させたのです。

 

付記

「溜め漉き」とは、古来、中国の紙やヨーロッパなどに伝わる方法で、それがわが国に伝わってきたものです。その方法は紙料液を漉桁に汲み上げてから、繊維の均等の分散をはかるために簀桁をわずかに揺り動かして、水が自然に切れるまで暫く置くと簀(す)の上に紙料の薄い層(湿紙といいます)ができます。この方法が溜め漉きです。できた湿紙を紗(しゃ)などの布にはさんで、湿紙同士がくっつかないように板の台(紙床)の上に積み重ねていきます。重ねた紙に重しをして水分を切り、その後、一枚ずつはがして張り板(干し板)に張り伸ばして張り付けゆっくりと日乾燥します。

わが国では主流ではありませんが、現在でも溜め漉きは、透かし紋様を漉き込むときや高な証書用紙を作るときなどに行われております。(和紙の知識(3) 和紙の特徴から)。

 

また、ご質問②についての回答は次のとおりです。

ネリはよく糊(のり)の一種であると勘違いされ、紙の繊維同士をくっ付ける接着剤の役割を持つものであると考えられていますが、上記に述べましたように糊とは使用目的からいって全く異なります。すなわち、ネリは、紙料液の繊維を均等に分散すること、そして長い靱皮繊維同士を絡ませることで、強度の強い紙ができあがります。このため接着効果のある糊は必要ありません。

また、ネリには、漉きあげた紙を積んだ紙床から一枚一枚剥離しやすくする役目もありますので、お互いを接着する接着剤とはあきらかに違います。

これに対して、洋紙製造では繊維長の短い木材パルプを原料としていますので、澱粉などの接着剤が使用されます。接着剤は分散する効果も少しありますが、それよりも繊維と繊維をお互いにくっ付けることが大きな役目です。

(2005年7月22日)

 


更新日時:(吉田印刷所)

公開日時:(吉田印刷所)