酸性紙、中性紙とは
次に酸性紙と中性紙です。まず酸性紙の定義は次のとおりです。
用語 | 説明 |
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酸性紙 | 酸性紙とは、天然のロジンサイズ等のサイズ剤を硫酸バンドで定着し、抄紙pHが4~6くらいの酸性領域にある紙を言います(ロジン・硫酸アルミニウム系)。酸性抄紙とも呼ばれていますが、硫酸バンドから生ずる硫酸イオンによって変色・劣化しやすく、保存性が劣ります。 |
洋紙はもともと酸性紙ですが、その理由を説明します。それは洋紙が発達した欧米では、筆を使って墨で和紙に書くわが国と異なり、先の尖ったペンを用いてインクで書くことからインクの「にじみ」が問題になります。その「にじみ」を抑えるために天然のロジン(松脂)をサイズ剤として使用、その定着用として硫酸バンドを使います。この硫酸バンドは強い酸性薬品であるため、抄いた紙は酸性紙となるわけです。これが欧米で1850年ごろから一般的になったバンド~ロジンサイズ系の抄紙法です。そのため欧米では、早くから文書類の保存性や紙の寿命などが問題となり、対応しています。
これに対して中性紙ですが、その定義は次のとおりです。
用語 | 説明 |
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中性紙 |
中性紙とは、日本工業規格 紙・板紙及びパルプ用語(JIS P 0001 番号6110)に、「紙の耐久性などを高めるために中性領域で製造された紙」と定義付けされています。そして参考として「書籍などの一般用のほかステンレ ス、ガラスなどの合紙のような用途がある」としています。なお、対応英語は「alkaline paper」です。 もう少し付け加えますと、長期間保存しても紙の劣化が少ない、いわゆる紙の保存性や耐久性等を高めるために原紙に硫酸バンドを使用しないサイズ処方や、抄紙時に薬品処理をして中性化(抄紙pH:7~8くらい)した紙を言います。 |
中性紙について、さらに説明します。
中性紙の対応英語が「neutral paper」(中性の紙)でなく、「alkaline paper」であるように、中性紙はアルカリ性紙と言うほうが正確かも知れません。確かに中性紙は、紙を抄く工程(抄紙工程)における紙料(原料・白水系)を中性から弱アルカリ性のpH7~8くらいに調節し製造しますので、弱アルカリ領域にあり、アルカリ性紙と言ったほうが妥当かも知れません。しかし、わが国では一般的に広く、中性紙と言われていますので、ここでもそのように使います。
それでは古来からあるわが国独特の紙(和紙)は酸性紙でしょうか、中性紙でしょうか。手漉き和紙の製造には、古来から灰汁(あく)を使います。灰汁は、わらなどの草木を焼いた灰を水に浸したときに得られる上澄みの水のことをいいますが、アルカリ性を示し、洗浄作用があってよく汚れを落とすので、古くから洗剤・漂白剤として、また染色などに広く用いられていたといわれます。なお、灰の主成分は炭酸カリウム、炭酸ナトリウムです。
例えば、和紙原料になる楮(コウゾ)の白皮などに灰汁などのアルカリ性溶液を加えて高温で過熱し、原料の中に含まれている繊維以外の不純物を水に溶ける物質に変える作業のこと
を煮熟(しゃじゅく)といいます。煮熟した後は流水に浸して灰汁抜きをして、繊維素を取り出し、和紙漉きの原料として使います。このように和紙はアルカリ抄紙で、いわゆる中性紙です。
ところでアルカリは、アラビア語を語源としておりアル(al)は定冠詞、カリ(kali)は植物を焼いた灰の意味を表しており、酸と中和して塩を生ずる性質(塩基性)を持つものの総称をいうようになったそうです。
中性紙の登場
もともと欧米で改良された紙、いわゆる洋紙(西洋紙)といわれる紙は酸性紙です。紙の劣化の原因が、使用されている硫酸バンドに起因することが明らかにされたため、文書の長期保存対策などから、これを用いない中性ないし弱アルカリ性で製造する中性抄紙法が、開発、実用化されてきたわけです。
もう少し説明します。酸性紙の場合、ロジンサイズなどのサイズ剤の定着用として酸性薬品である硫酸バンドを使用して抄紙pHが4~6くらいで造られますが、これは欧米で1850年ごろから一般的になったバンド~ロジンサイズ系の抄紙法であり、バンドは成分であるアルミニウムと硫酸に解離し酸性を示します。
このうちアルミニウムはロジンサイズと結合、セルロース繊維に定着し、ペン書き適性、すなわち、インクの「にじみ」防止するサイズ効果を出すとともに、填料や微細な繊維を紙中に定着させる歩留り向上剤としての役目もしております。
残された硫酸イオンにより紙は酸性となりますが、紙は酸に対して弱く、セルロース分子が分解されて強度が低下していきます。
いわゆる、酸は紙の骨子であるセルロース分子に触媒作用をし、加水分解を促進させ低分子化します。加水分解が進むと繊維の結合が緩み強度が失われ劣化が進んでいきますが、これが歳月の経過とともに紙がいたみ、ボロボロになる所以です。
洋紙抄造の古い欧米では、文書の耐久性(保存性)がわが国より早く問題視され、1960年ごろウィリアム・J・バロー(米国)により紙の酸性度が保存性に著しく影響することが研究、提起されました。これをきっかけに紙の寿命とその対策が検討され、保存性改善のために蔵書の「脱酸処理」や紙の「無酸性抄紙化」(中性抄紙化)が促進されるようになりました。これが「中性紙」誕生の経緯です。
わが国では中性抄紙は、洋紙の「酸性紙」問題がクロズアップする前から一部の紙で行われていました。例えば辞典用紙、ライスペーパー、防錆紙などの特殊紙製造で中性抄紙は以前から行われていましたが、中性紙の紙全体に対する比率としては2~3%レベルと少なく、特異な位置づけでした。
しかし、1982年ころから、冒頭に掲げましたように、「百年後、本はボロボロ」とか「古書・文献が消える」などとマスコミでも大きく取り上げられ、文書類の保存性や紙の寿命への関心が高まり、汎用紙である印刷用紙を中心に中性紙への転換が進んできました。
中性紙が全体の何%を占めているか統計資料がないので不明ですが、塗工紙や上質紙を中心に、特に特注品の多い出版用途やノート類、PPC(plain paper copier、普通紙複写機)用紙の中性紙化が次第に進み、現在では一般上質紙やノート類、PPC用紙、および塗工原紙では100%かほとんどが中性抄紙になっていると思われます。
ここで酸性抄紙から中性抄紙に転換する場合の主な原紙条件の変更点を次にまとめます(表5)。
変更点 | 変更内容 | |
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① | 抄紙pH | pH4~6(酸性抄紙)から7~8(中性ないしアルカリ抄紙)へ |
② | 填料 | クレーから炭酸カルシウム(炭カル)へ 炭カルは化学式CaCO3 で示されるようにアルカリ顔料であるため酸性抄紙系の中では、硫酸バンドと化学反応を起こし炭酸ガスを発生して泡立ちが生じるとともに、不溶解性物質であ る硫酸カルシウムを生成するために、トラブルとなり使用できません(タルクは一部使用) |
③ | 内添サイズ剤 |
ロジンサイズ剤などからアルキルケテンダイマー(AKD) またはアルケニル無水コハク酸(ASA) や他の中性サイズ剤に切替えます。 なお、硫酸バンドは原則的に使用しないが、系内の汚れ防止などのためにごく少量使うことがあります |
注
- サイズ…紙はもともと多孔質で吸水性に富んでいますので、印刷・筆記用紙のインキの滲みを防いだり、耐水性を付与したり、また毛羽立ちをしないようにする必要があります。製紙の際、紙料に加えたり紙面に塗布したりする処理をすることをサイジング、このために添加する薬品をサイズ剤といいます。薬品は主としてロジン(松脂)・カゼイン・ゼラチン・澱粉・合成樹脂などが用いられ、その方法としてサイズ剤をパルプに調合する方法(内添サイズ)と紙の表面に塗布する方法(表面サイズ、外添サイズ)があります。また内添サイズ法の定着剤として主に硫酸バンド(強酸性化学物質。硫酸アルミニウム、アラム)が使用されます。
硫酸バンドには、填料や微細繊維を凝集させて抄紙機ワイヤー上での歩留りを向上させ、さらに木材に起因するピッチトラブルを防止するという優れた働きもあり、抄紙にとっては貴重な薬品です。このロジンサイズと硫酸バンドの組合せによる抄紙の最適pHは5前後の酸性領域にありますので、これにより抄紙される紙は、酸性紙(酸性抄紙)と呼ばれることがあります。