紙の基礎講座(11-3) 印刷の基礎知識Ⅰ 各印刷方式について2

(2)平版印刷

平版(lithography)の版面は、凸版・凹版と違ってほぼ同一平面上に形成されており明確な高低差がありません。その版の表面状態によって、画像部が版面より僅かに低くした(普通 1~3μm)平凹版、画像部を僅かに高くした(普通 3~10 μm)平凸版、および画像部と非画像部とが同一平面上にある平版との3種に区分されております。

①平版の始まりは石版印刷

平版の始まりは、石版印刷(lithography)です。1798年、アロイス・ゼネフェルダー(ドイツ)によって発明されたものです。

版材は石版石ですが、石版石は炭酸カルシウム(CaCO3)を主成分とする大理石によく似た石灰石の一種で、英名でリソグラフィクストーン(lithographic stone)といいます。きわめて均一緻密であり、多孔質で水分をよく吸収、保持するという高い保水性(親水性)を持ち、かつ脂肪の吸着性がよいという両方の性質があります。この特性から脂肪(インキ)と水が反発し合うことを応用して印刷するわけです。転写方式は、版と紙が接する直接印刷が主体です。高価で非能率のため、代わって金属板(亜鉛やアルミニウムなど)が登場してきて衰退しました。現在では、工業的にはほとんど使用されなくなっており、一部の芸術家や愛好家にリトグラフ(略してリト、石版画)として、使われているぐらいで貴重な印刷になっております。

②特徴その1…湿し水を使うこと

版面の画像部と非画像部とが、ほぼ同一平面上にあるため、非画像部はインキが反発する親水性(発油性)とし、画像部だけインキが付着する親油性(発水性)にすることが必要です。

このため版面に、あらかじめ化学処理されている版材を使用します。例えば、一般に「ピーエス版」と呼ばれているPS版(presensitized plate)のような、あらかじめ感光層が塗布されている版材[一般的に支持体としてアルミニウム金属を使用]が多く用いられます。

版材にフィルムを密着し、露光、焼付けし、その後、現像作業をすることによって版面に、画像部(親油部・感脂部)と非画像部(親水部)とが形成します。すなわち同一版面上に、油性であるインキを受け付ける親油性の画像部と、インキを弾き、水を受け付ける親水性の非画像部が出来上がります。そして水とインキを供給したときに、版面の画像部は水を弾き、親油性のためインキが付着し、非画像部には水が残り、脂肪性であるインキは弾かれるという、言わば水と油の反発性を利用する化学的印刷方法といえます。

印刷で、まず刷版全体を水に浸すと、画像のない部分が親水性になっていますので、この部分に水が付着します。続いて印版全体にインキを付けていきますが、水の付着した部分はインキを弾き、選択的に画像部のみにインキが付着します。この画像(インキ)は、いったんゴムのブランケットに移されてから、加圧され紙に転写されます。これが平版印刷です。

このとき使用される水溶液のことを湿し水(しめしみず、dampening water、dampening solution)といい、平版印刷において、非画像部への印刷インキ付着を防ぐために、あらかじめ版面を湿らせる水溶液です。役割として他に版面の冷却、清浄などがあります。水だけでも一応の働きをしますが、種々の薬液を少量加える場合が多く、成分は水、ゴム液、リン酸ソーダ、活性剤、有機酸などで、pHは酸性域で5~6程度が一般的です。なお、水の影響を軽減するためにイソプロピルアルコール(IPA)を使用するアルコールダンプニング法(ダールグレン湿し水方式など)も用いられています。

この湿し水が多いとインキが負けて印刷物は弱い調子になり、逆に水が少ないとインキが勝ち、版面・印刷物にインキ汚れなど、その他のトラブルが生じますし、伸縮、強度など水に敏感な紙にとっても嫌な存在で、そのバランスが重要となります。

なお、水なし平版(waterless offset printing)といって、その嫌な湿し水を使用しない平版(オフセット)印刷も実用化されています。専用の版を使用しますが、シリコンとインキの反発性を利用したものです。版面(アルミ板)の上に感光層があり、さらにその上はシリコン層(約2μm)で形成されています。露光するとシリコン層が固定され、この残ったシリコン層部がインキを弾き、非画像部となり、光の照射されなかった部分のシリコン層部は除かれ、感光層が現れ、インキの付く画線部となります。すなわち、水なし平版の場合には、版の凹部分が画線部となる平凹版構造になっています。逆に、水ありPS版の場合は、感光層が除かれた部分が親水性となり、凸状に残った感光層が画線部で、構造的には平凸版タイプとなります。

この水なし平版材は東レ㈱が開発し、1976年発表したもので、インキはシリコン離型性が要求されるなど水なし平版専用インキを使用します。また、湿し水を使用しないため印刷機上の冷却効果がないため、版面の温度を調整する設備付きの専用印刷機が必要です。湿し水から解放され、紙伸びがないことから見当合せなどが楽になり、印刷作業性・印刷効率などの向上や、印刷上がり面では高濃度、ボリューム感、ハイコントラストのインパクトのある再現が特徴です。開発当初はインキの粘度、タックが高く設計されていたため、紙に対して表面強度が高く、かつブラン離れがよいこと、紙粉がないことなどの要求がありましたが、現在ではインキ・印刷機などの改善が進み、一般紙でも十分使用可能となっています。

③特徴その2…オフセット印刷であること

もう1つ特徴的なことは、凸版・凹版および孔版印刷が版面のインキを紙などの被印刷物に直接転写(直刷り)するのに対して、平版印刷の大部分は直接インキを被印刷物に印刷しないで、インキを版からー度、ゴムブランケットを介して紙などに転写する間接印刷であることです。すなわち、版からインキを圧胴に装着してある弾力性のあるゴム製のブランケットに転移させ、それに紙を密着させてブランケット上のインキを紙に、反対側から印圧をかけ転写する印刷方式です。[注] ブランケット…ゴム層と補強用の布層を重ね合せて作った、表面がゴム層のシート状クッション材。

このように印刷版のインキをブランケットなどの転写体に転移(オフ、off)し、さらにこれを紙などに転写(セット、set)させるために、この印刷方法をオフセット印刷(offset printing)といいます。平版の代表例で、全ての印刷の中でも、現在最も普及している印刷方式です。なお、当初、平版を使うことから「平版印刷」と呼ばれていましたが、現在では「オフセット印刷」の名称が一般的になっています。

しかし、平版印刷のなかにも、新聞印刷に用いられ平版直刷方式の一種であるダイリソ印刷(米国新聞発行者協会技術研究所(ANPA‐RI)が開発。ダイレクトリソグラフィ)のように、湿し水とインキを同時に版に与え、ブランケットを介さない、すなわちオフセット方式を取らない直接印刷もあります。

しかも平版以外の凸版、凹版でも、オフセット方式をとる印刷があります。凸版の場合、湿し水を使わないオフセット印刷を、一般にドライオフセットと呼び、証券・金券類の印刷や紙器のベタ刷りなどに用いられます。なお、前述の水なし平版とは異なりますので注意が必要です。また、凹版(グラビア)の場合は、グラビアオフセット(平版グラビア)といいます。被印刷体が合板などの厚いものや、金属板などの硬いもの、曲面になっているものなどの印刷に用いられます。いずれも特殊な用途での印刷方式で、大部分の凸版、凹版は直接印刷の「直刷り方式」を採ります。

このように、オフセット印刷と版式の関わりは複雑ですので、平版でオフセット方式の場合は、平版オフセット印刷と正確に表現すれば問題ありませんが、平版のオフセット方式が主流をなしている今日、単にオフセット印刷といえば一般的に平版方式を指します。

 

(3)凹版印刷

凹版の印刷版は、版面の画線部が凹状にくぼんでおります。凹版印刷 (intaglio printing )は、その凹んだ部分にインキを満たし、他の版面上(非画線部に相当)の余分なインキは、事前にドクターブレードというナイフによって掻き落とした後に、印圧をかけて直接紙などに転移させる印刷方式(直接印刷)です。凸版印刷、平版印刷とともに基本的な印刷方式です。

一般には、雑誌・週刊誌などのグラビアページの写真で、お馴染みのグラビア印刷(gravure printing)が代表例ですが、グラビアとは、写真技術を応用し製版を行った写真凹版のことで、写真を版に焼き付けて、酸などの腐食液を用いて版面金属を溶解し、文字や画像部を腐食(エッチングetching)させて作った凹版をいいます。

インキが溶剤性であるため、紙媒体以外にもフィルム、アルミ箔などの印刷にも適しており、出版物、書籍、包装材料、建材などに広く用いられています。

この他に、写真の手法を用いないで手彫りないし機械による彫刻により製版される彫刻凹版があります。その方法として直刻法と食刻法がありますが、直刻凹版は彫刻刀を用いて直接金属板を彫ります。また、食刻凹版は金属板に塗布した耐酸性の防食層を彫刻し、その部分を腐食液で凹刻するものです。これらは、偽造防止を目的とした証券や株券などに使われるほか、芸術的分野の版画に用いられることがあります。

 

(4)孔版印刷

孔版の版は、インキが通る小孔(貫通孔)の集合からなる画線部と、非画線部はインキを通さない遮蔽部(膜)から形成されております。この版の貫通孔からインキを裏面に押し出すことによって、通過したインキが紙やフィルムなどの被印刷体に転移する版式で、印刷方式は版と被印刷体が接する直接印刷です。

今は見ることも稀になった昔なつかしい謄写版、すなわち、やすり板の上に蝋引きの原紙を置き、鉄筆で文字などを書いてから絹製のスクリーンに張り付けて、その上からローラーでインキを通過させる印刷方法ですが、孔版印刷の原理を利用したものです。また、最近では「プリントごっこ」のような家庭用簡易印刷機が有名ですが、これも孔版印刷の原理を利用した一種のスクリーン印刷といえます。

このようにスクリーン印刷、謄写印刷、タイプ孔版などが孔版印刷ですが、その中で代表的なスクリーン印刷について説明します。

スクリーン印刷(screen printing)は、枠に紗(しゃ、スクリーン)を張り、インキが通る小孔(貫通孔)の集合からなる画線部以外はゼラチン・樹脂などで目をつぶしたスクリーン版を用いて、版の紗面からスキージと呼ぶヘラ状ゴム板の摺動によってインキを押し出し印刷する方式です。当初は紗に絹が用いられたのでシルクスクリーン印刷(silk screen printing)と呼ばれていたのですが、現在はナイロンなどの化学繊維やステンレススチールの針金などで織ったスクリーンが使用されるようになり、スクリーン印刷という名称が一般的になっています。

スクリーン印刷は、紙類、布、プラスチック、ガラス、金属など幅広い素材への印刷が可能です。また、版面が柔軟なこと、印圧が小さいことや、平面だけでなく曲面にも印刷できるという大きな特長があります。さらに、インキ層が厚くできることから厚膜印刷ともいわれていますが、インキの付着量が多く盛り上がっており、手で触れても凹凸が感じられるほどです。

用途は、芸術的分野などの特殊な印刷に使用されることが多いのですが、ポスター、看板、Tシャツ、化粧品容器、ガラス器などの商業製品・生活用品以外にプリント回路、液晶ディスプレイなど多くの工業分野にも利用されています。

なお、ここで図1に各印刷版式の原理と印刷方法を示しておきます。

(2007年2月1日見直し・再録)

 

参考・引用文献

  • JIS 印刷用語―基本用語(JIS Z 8123-1995) …日本規格協会発行
  • 印刷事典 1998年増補版 …日本印刷学会編(印刷局朝陽会発行)
  • 図解 印刷技術用語辞典(第2版)…大日本印刷株式会社編(日刊工業新聞社発行)
  • 印刷のおはなし(改訂版) …大日本印刷株式会社編(日本規格協会発行)
  • 印刷に恋して …松田哲夫著(晶文社 2002年発行)
  • 紙-紙と印刷、品質クレームへの対応-増補改訂 下巻…中嶋隆吉著(王子製紙株式会社 1997年発行)

 


更新日時:(吉田印刷所)

公開日時:(吉田印刷所)