今年の干支(えと)は申(しん・さる)。動物で言えば「猿」年ですね。ついこの前までは未(び・ひつじ)で、「羊(ひつじ)」でした。
今回のテーマは、「紙を食べる」です。「紙を食べる動物」と言えば、多くの人は「ヤギ」(山羊)を思い浮べるでしょう。「ヤギ」に似ている「羊」は、紙を食べないでしょうか。また、「猿」はどうでしょうか。
「ヤギ」については、私の小さい頃に、「ヤギ」にちり紙を無理に食べさせた記憶や、動物園などで「ヤギ」のところに「お腹をこわしますので、紙をやらないでください」などと書いてあったことが思い出されます。
それに、「白ヤギさんからお手紙着いた 黒ヤギさんたら読まずに食べた……」という童謡「山羊さんゆうびん」の歌によって、「ヤギ」と言うとどうしても「紙」を食べるというイメージが思い浮び、定着したのでしょう。
それでは、ヤギは本当に「紙」を食べるのでしょうか。
ヤギは、ウシ科ヤギ属に属し、「牛」と同じように4つの胃を持つ草食性の反芻(はんすう)動物で、繊維質の多い植物を好んで食べます。草よりもむしろ樹葉・樹皮を好んで食べ、樹木を食害することがあります。
なお、「紙」は主に樹木の「セルロース」という植物性の繊維を主成分としております。そのため「紙」を食べるには、このセルロースを分解し、「消化」できなければなりません。そしてセルロースを分解するのは、「セルラーゼ」という酵素です。
ヤギは、樹葉・樹皮・樹木を好む食性があることから、これらと同じ成分である「紙」も食べる可能性があります。そのためのセルロースを分解する酵素「セルラーゼ」を持っているのでしょうか。
答えは、「イエス」です。ヤギは、セルラーゼそのものを直接、生産することはできませんが、胃の中に「セルロース」を分解する微生物が多数共生しております。そしてこの微生物が酵素「セルラーゼ」を分泌し、「セルロース」を分解し、消化してくれるのです。このことは「セルロース」からできている「紙」も消化できるということになります。
従って、ヤギは「紙」を食べることができます。ただ、「紙」は天然品でなく、沢山あるわけではありませんし、まして食料目的ではありませんので、このヤギにしても「紙」を常食しているわけでなく、好んで食べる食性が身に付くまでには至りませんでした。ヤギにとっては「紙」は珍品であって、好き嫌いがあるかも知れません。そう言う意味で、ヤギは「紙」を食べることができ、それを消化できるということです。
そう言えば、ヤギが食べる紙は「和紙」のことで「洋紙」は駄目だと聞いたことがあります。確かに楮(こうぞ)や、三椏(みつまた)などの原料から作られた手漉きの和紙は柔らかく、混ざりものも少なく食べやすいでしょう。今の主流である洋紙は、字を書きやすく、印刷しやすくするなどのために、セルロース以外に薬品や填料・顔料などが混ぜてあります。ヤギに限らず動物にとって、この薬品や填料・顔料などは健康にはよくありません。冒頭の「お腹をこわしますので、紙をやらないでください」などの表示は、こういう理由からきているのです。そのため動物園などでヤギなどに紙を食べさせないほうがよいでしょう。
これに対して、「ヒツジ」はどうでしょうか。ヒツジとヤギは同じウシ科に属し、ヤギは首が長く、雄には顎鬚(あごひげ)がありますが、比較的よく似ております。もともと同じような祖先で、両方とも紙を食べることができたと言われます。
それが長い歴史の中で、生活する環境が違い、ヤギは、漢字で「山羊」(やまひつじ)と書くように、主として山間部です。ヒツジに比べて性質は活発、動作は敏捷、野生的であり、「野性」の象徴とされ、草、むしろ草よりも樹葉を好み、樹木とか、植物なら何でも食べます。一方、ヒツジは山間地に生息するものもいますが、普通は平地に近いところに適応しており、より家畜化されておとなしく、エサの好みがどんどん変わっていき、草を好んで食べます。このような嗜好(しこう)性の変化が、ヒツジが樹木を、すなわちセルロース(紙)を食べなくなったということのようです。
他に草食性の動物のうち、ウシ・シカ・キリン・ラクダなどはヤギ・ヒツジと同じように反芻胃(はんすうい)を持ち、そこにいる微生物の働きによって植物体の主要な成分であるセルロースを分解する消化酵素(セルラーゼ)を出します。これらの反芻動物は「紙」を食べ、栄養として利用できます。ただ、その関係は前述のヤギやヒツジと同様で、「紙」をやらないほうが無難です。
なお、人間は「紙」を分解する酵素を持っておりません。そのため人間は「紙」を食べて栄養源にすることができませんし、無理に食べても消化不良で下痢を起こすでしょう。また、「サル」は樹皮を食べることがありますが、人間と同じように、普通は「紙」を食べることはありません。
それでは、ほとんど樹上で生活し、ユーカリの葉しか食べない「コアラ」や、森林や竹林に棲み、笹を好んで食べる「パンダ」は「紙」を食べるでしょうか。皆さんも調べてみてください。
紙を食べる虫
他にも紙を食べるものがいます。こちらは害となるもので、ヤマトシミ、シバンムシ、ゴキブリ、シロアリなどの昆虫のことです。これらの昆虫はいずれも暗くて湿気のある場所を好み、消化器官中にセルラーゼを分泌する微生物が共生しており、和紙や和紙製品、のり付きの紙・本などを食べたり、染み(しみ)を付け汚染します。従って、それら紙類の保存には明るい場所で通風をよくすることが重要です。
もう少し補足しますと、ヤマトシミは、シミ目シミ科の原始的な昆虫である「しみ」の一種です。「しみ」は、漢字では「衣魚・紙魚」と書きますが、これは体形が「魚」に似ており、「衣服・紙類」などの糊気あるものを食害することからきています。体は細長く無翅。一面に銀色の鱗におおわれ、素早い走りをします。
また、シロアリもセルロースを分解する能力をもっており、消化することができるため家の木質の柱や床板などをかじって、食害します。
人も食べられる紙?
次ぎは、人間でも食べられる「紙」?です。この「食べられる紙」とは、「オブラート」(ドイツ語 Oblate)のことです。最近は、オブラートを知らない人が多いかも知りませんが、オブラートとは、「でんぷん」(澱粉)と「ゼラチン」(蛋白質の一種であるコラーゲンを、温水処理したもの)で作った薄い半透明か透明の紙のような膜状の物質です。もともと飲みにくい粉薬などを包んだりするのに用いられていましたが、カプセル錠や糖衣錠になってきたため、今では飴玉やキャンデーなどをくるむ包装用に使われています。まさに「食べられる紙」(edible paper)と言えるもので、口に入れるとすぐに溶けてなくなってしまいます。
なお、飴玉やキャンデーなどを包んでいるものにフィルム状の「セロファン」(フランス語 cellophane)もあります。こちらのほうは「セルロース」を原料にしており、セロハン(セロハン紙)とも言われ、人は食べることができません。
これも食べられる紙に、食べられるインク
「食べられる紙」に自分や家族の写真・イラストなどを写し、メッセージを「食べられるインク」でプリントして飾り付けたクリスマスケーキやスポンジケーキが、今人気が出ているとか。
この「食べられる紙」は、矢張り「でんぷん」で、「食べられるインク」は「食紅」(主にベニバナから得られる色素)です。そしてこれらを用いて専用の機械で印刷します。
人間は「でんぷん」を消化する酵素(アミラーゼ)を持っており、安心して食べられますが、もう食べられたでしょうか。世界にひとつのオリジナルのケーキを記念にいかがですか。これも、「空気」と「水」以外はどんなものでも印刷が出来る今の世の中ですから出来るのですね。
このように人間は、いろいろと創意・工夫するのですね。そのうちに、本物の「紙」を食べることが出来るようになるかも知れませんね。
いや、人間が「紙」を食べれないからこそ、食糧でなく、今日の「紙による文化」が育まれてきたわけです。「紙」は人間にとって大きな、大きな栄養源になってきたわけです。そして、それはこれからも続くでしょう。
(2004年1月1日付け)
参考・引用資料
- 広辞苑(第五版)…CD-ROM版(株式会社岩波書店発行)
- 世界大百科事典(第2版 CD-ROM版)…日立デジタル平凡社発行