以下は参考までにお読みください。
紙幣偽造事件
(1)ニセ1万円札事件
これは私も経験した事件の話です。
2002(平成14)年に入って東京、大阪、静岡などで大量の偽1万円札が見つかった事件が発生したが、この偽札の一部は、1992年に大坂などで発見・押収された警察庁指定「和D-52号」事件の偽札と同一であることが警察庁科学警察研究所の鑑定の結果わかりました。
「和D-52号」事件は、オフセット印刷機を使った透かし入りの精巧な造りで、92年4~8月に大坂、神戸、東京で約50枚が見つかり、同年4月に香港の警察当局により中国人の偽造グループが逮捕された偽札事件です。
ここで述べるのは、「和D-52号」事件の翌年に発生した「和D-53号」事件のことですが、私が経験したのはこの事件です。
1993(平成5)年4月中旬、関西地区で主として両替機を狙い、その識別装置をパスするように造られた精巧なニセ1万円札(506枚)が出回り、「和D-53号」事件と名づけられました。
大阪府警から二人が、私が勤務していた支社に来社され、ニセ1万円札の用紙は当社の上質紙、銘柄「S」でないかと特定を求められました。本来ならば当社の本社・研究所(東京)で対処するのが筋でしたが、急いでいるとのことなので、支社内で対応することになりました。
ニセ札を見るのは初めてで、もちろん、触るのも持つのも初めて。素手では触れないので府警持参の白い手袋を借りてニセ札を持ち、早速、社内にある機器を使い観察しました[使用機器…ルーペ、蛍光検知器、携帯用計量はかり、紙厚計、スケール(物さし)など]。
ニセ札の用紙の地肌の色は全体に白っぽいのに対し、真券(本物の1万円紙幣)は黄みを帯びており、持った感触も異なっていました。さらにニセ札の印刷は、色数は4色(墨・藍・赤・黄)でインキの盛り上がりがなく、濃淡が細かい網点で表わされていることから、平版オフセット印刷機で多色印刷されています。より本物に似せて出来ているが、ニセ札はよく見ると全体にやや赤みで、福沢諭吉の「すかし」も曖昧。しかも左下にある識別マーク(◎2個)を肉眼で見ると、ドーナツ状でなく、全体に白く、触っても凹凸が感じられません。また、その部分や「すかし」および切り口(断面)を蛍光検知器で照らすと白みに強く発色を示すことから、用紙に蛍光染料が使用されていると考えられました。それに対して真券は発色しなく、蛍光染料が入っていません。
さらに米坪、紙厚などの測定結果から、ニセ札は上質紙を使用しているが、当社銘柄「S」の規格品や、特注品にも当該米坪、紙厚[米坪約 70~72 g/m2、紙厚90μ]のものは存在しなく、違う旨を報告しました。
また、ニセ札を汚すことになるので出来なかったのですが、酸性紙か中性紙の判定も決め手の1つになるので、試薬を塗るなどして確認されたらいかがですかとの話もし、pH測定ペン・中性紙チェックペンを差し上げました。
当初、先走った数社のテレビ、新聞が、ニセ札に使用された用紙は当社の銘柄「S」であると報道しましたが、その後の警察庁科学警察研究所の鑑定から最終的には、捜査本部は「ニセ札に用いられた紙は、M社のPPC用紙」であると特定し、当社の銘柄「S」でないと結論付けました。
なお、大阪府警がわざわざ持参され、入手した科学警察研究所のニセ札の用紙分析鑑定結果では、米坪は 70~72 g/m2、紙厚90μで、パルプ用材は広葉樹のみを使用しており、填料は炭酸カルシウム主体(中性紙)の上質紙で蛍光染料を配合。また、両替機の識別装置をパスするように磁気インキが使われているとのことでした。
このような結論を得て、ホッとしたものでした。
(2)新千円札、はや偽札か? ネット競売へ、1枚99億円超
これはつい最近の話です。「朝日新聞」の記事からまとめると次のようです。
11月1日から発行され、初めて使用の始まる新札ですが、その「新千円札」の見本という「紙幣」が、世に出る前の10月初めにインターネットの国内最大競売サイト「ヤフーオークション」で、競売にかけられたことが分かりました。先月、10月6日のことです。その日の午後の段階で40万円を超える入札価格がつき、さらに翌7日午前には99億円超の99億6万1000円の異常な高値がつきました。
10月4日に出品されたそうですが、出品されているのは、新千円札と同じく表に黄熱病の研究で知られる医学博士の野口英世の肖像、裏に富士山と桜をデザインされている1枚です。
この異常な高騰ぶりにネットの管理者であるヤフーは、出品自体を削除し取引きを無効にしましたが、その理由を、「(出品への)アクセスが集中し、ほかの競売への参加者が接続しにくい状況なったことなどから、こちらの判断で出品自体を削除し、取引を無効にした」と説明しています。
なお出品者は、中国・上海市に住む紙幣コレクターの中国人男性で、「上海市の業者から買った。業者は、中国沿岸部の粗大ごみ業者から手に入れたと話していた」と説明しているとのことですが、「いたずらとは思ったが、100億円近くに値上がり、本当に怖かった。削除されて良かった」とも話しているということです。
さて、オークションにかけられた「新千円札」ですが、日本銀行や紙幣を印刷している独立行政法人国立印刷局(旧財務省印刷局)が、その写真を詳細に分析したところ、お札の表の左下には見る角度によって「千円」の文字などが浮かび上がる偽造防止の新技術「潜像パール模様」や中央には、野口博士の「透かし」も新札と同じように入っております。しかし、実際に流通する紙幣に必ず刷り込まれている肖像下の製造番号や「日銀総裁」の印がなく、両面の上下に平仮名で「みほん」の文字が入っていることや、しかも紙幣の周囲は刃物で切られたような跡があり、日本銀行によると、お金としては使えないとしています。
さらに日銀本店は「実際に一般公開された(見本などと赤字で印刷の入っている)見本券とは違い、当行から流出した可能性はない」としており、印刷局に事実確認を求めています。
一方、印刷局によると、「現物を見ることができず、真偽は確認できない」としながらも、写真による特徴から偽物と断定できなく、印刷局内で刷られた「テスト券」の可能性が高いということで、「混乱を招いたことは誠に遺憾で、深くおわびする」と謝罪するとともに、調査に乗り出しました(2004年10月8日付け)。
「テスト券」は色合いを見たり、新札製造に職員を習熟させたりする目的で、東京都内など国内4カ所の工場で昨年7月から10月にかけて、縦44センチ、横64センチの大判用紙一枚に紙幣20枚分が印刷されている大判用紙90万枚が刷られ、印刷には約700人の職員がかかわっているという。
なお、テスト券は完成前の状態のため、偽造の参考にならないよう印刷局から外部への持ち出しを禁じられている上に、工場内の倉庫に施錠されて保管されており、1人では入れないなどの管理されているという。しかも廃棄の際には、「見本」も含めて工場内で1センチ幅に細かく裁断して袋詰めにした後、外部の業者に委託して焼却。そのときは職員が立ち会い、灰になるまで確認するように厳重に管理されており、過去に流出したケースはないといわれます。
その後、国立印刷局は、中国・上海市に住むオークション出品者の中国人男性のもとに職員を派遣し、出品されたテスト券を詳細に調査したところ、印刷面の特徴が03年7月に東京都北区の滝野川工場で印刷されたものと一致したことから、28日に、「オークションに出品されたテスト券は、03年7月に滝野川工場で印刷されたものと断定した」と発表しました。さらに印刷局は同日、警視庁滝野川署に盗難の被害届を提出し、受理されたという。
また印刷局によれば、テスト券は大判用紙で90万枚が印刷されたが、このうち特徴が一致するのは約6万8000枚。色合いの変化などを見るために保存された約5万8000枚は、工場内などですべて確認されたという。そして残りは焼却処分となったはずであるが、実際に何枚が焼却されたかは確認できず、その中からテスト券が盗まれ、流出した可能性が高いというこです。また、流出したテスト券が1枚だけかどうかはわからないという。
さらに印刷局は「外部の人間が持ち出す可能性は非常に低い。今後は警視庁の指導を受けながら、テスト券に接触できた職員らを中心に聞き取り調査を続ける」としているという(2004年10月28日付け)。
今後、盗難事件として、さらに印刷局の内部管理見直しなど、あらたに展開していくと思いますが、最新の偽造防止技術が採用されている新札。新札そのものには万全の対策が織り込まれましたが、そのお札を管理する足元で盲点が明るみになり、世間を騒がした、お粗末なお話でした。
(2004年11月1日)
参考・引用資料
- ホームページ日本銀行 Bank of Japan (Japanese)
- インターネットアサヒ・コム
- ホームページ(株)立川紙業 紙の豆辞典
- JISハンドブック2004「紙・パルプ」(日本規格協会発行)
- 「紙パルプ事典」(紙パルプ技術協会編 1989年年改訂第5版、2000年第4刷発行)
- 日本製紙連合会 機関紙「紙・パルプ」(2002年7月号) 中嶋隆吉著「」(その4) 用例7.ニセ1万円札事件
- 広辞苑(第五版)…CD-ROM版(株式会社岩波書店発行)
- 世界大百科事典(第2版 CD-ROM版)…日立デジタル平凡社発行
- 和紙文化辞典 久米康生著、1995年10月 わがみ堂発行