紙の博物館にある聖徳太子の肖像画とその原紙
聖徳太子の肖像画は、旧1万円札などに描かれていた太子像がよく知られています(上掲写真参照)。これは明治時代の初め法隆寺から皇室に献上され、現在は宮内庁が所蔵されている御物(ぎょぶつ)「聖徳太子像」(聖徳太子二王子像、奈良時代(8世紀))を原画として印刷原版が作られ、お札として印刷されたものです。
ところで、東京都北区王子にある財団法人 紙の博物館に入ってすぐのエントランスホールの壁面に、ひときわ目立ち、目を奪われるような大きな画像が飾ってあります。「聖徳太子御影」です。描かれている人物は、聖徳太子の御影と二王子。中央が太子で、左側が太子の嫡子の山背大兄(やましろのおおえ)王子、右側が弟の殖栗(えぐり)王子と言われます。御物「聖徳太子像」をモチーフにされ、背景に法隆寺夢殿が描かれています(右写真参照)。
この「聖徳太子御影」と、その原紙についての経緯は、紙の博物館発行の機関誌「百万塔」(第104号)の植松達也著(当時 理事・副館長)「聖徳太子御影」、および第110号の今井武一著(小津産業株式会社 取締役会長)「ずいひつ 紙の博物館「聖徳太子御影」画の原紙の思い出」に簡潔に記載されています。
それによれば、用いられた紙は一枚手漉き和紙としては、最大級の天地3.65メートル、左右2.77メートルの6畳敷き耳付きの超大判手漉き和紙で鳥取県の因州和紙が使用されています。原料は楮100%で、製造されたのは青谷町山根にある大因州製紙協業組合です。
あまりの大きさに、従来の道具が一切役に立たないため、屋外に抄造用具を組み立て10人がかりで漉いたということです。さらに大変だったのは乾燥室が利用できず、特別の板を継ぎ合わせて作った乾燥板で、天日乾燥で乾燥したことです。そのため、せっかく漉き上げても天候が悪くなり、腐らしてしまったこともあると言います。しかも仕上げには紙表面を椿の葉で磨き、光沢と平滑度を高め完成したとのことです。
もともとこの紙は、大因州製紙協業組合が1970(昭和45)年の大阪万国博覧会に出展して、日本の和紙を広く世界にPRしようとして漉かれたもので、完成した5枚のうち、2枚を小津産業㈱株式会社が譲り受けたものだそうです。
その1枚が「聖徳太子御影」の原紙になるのですが、1653(承応2)年創業の老舗で、伝統ある紙商、小津商店の依頼により奥田元宋画伯(文化勲章受賞者・日本芸術院会員)が精魂を傾けて描かれたもので、紙祖聖徳太子の御徳を讃え、和紙の発展と感謝の念から実現したものだそうです。
また、もう1枚の同時に抄造された同質同大の手漉き和紙には、小津商店の要請に応えて児玉希望画伯が「花鳥四季図」を描かれ、小津本館ビルの壁面に掲げられています。
そしてこの大作「聖徳太子御影」(大きさ3,600×2,700mm)は、「小津は3百年余和紙商を営んでいながら、何一つ業界に寄与していない」との考えで、感謝の気持ちを表したい、とのことで小津商店から紙の博物館へ寄贈され、1972(昭和47)年4月10日に贈呈除幕式が紙の博物館で行われました。
財団法人 紙の博物館は、ご存知のように1950年にわが国の洋紙発祥の地である東京・王子に開設され、1998年にリニューアルして、現在の飛鳥山公園内に移転しました。和紙、洋紙を問わず古今東西の紙に関する資料を幅広く収集し、保存・展示する、世界有数の紙専門の博物館ですが、紙の博物館には約25,000件の資料が収蔵されています。その中で特に重要と思われる資料10点が当館発行の「紙の博物館収蔵品」に載っています。そのひとつにこの「聖徳太子御影」が重要収蔵品に選ばれています。
聖徳太子は、日本に紙文化を導入し、仏教の普及につとめたことから「紙の神様」とも言われています。「紙の殿堂」である紙の博物館に、この「聖徳太子御影」が掲げられているのは、もっとも相応しいことだと思いますが、寄贈された小津商店(小津産業㈱)の英断に感服いたします。
ところで、この「聖徳太子御影」をすでに、ご覧になった方が多いかもしれません。私自身は、これまでに5、6回、紙の博物館を訪問していますが、このような経緯があるとは知らないで「聖徳太子御影」を見たり、許可を得て写真を撮らせていただいたりしていました。上記のようなことを知っていて、観るとまた別の趣きがあると思います。まだの人はもちろんのこと、是非ご覧ください。
なお、出掛けられる前に「紙の博物館」のホームページ紙の博物館にある利用案内(開館日、交通の便などを記載)に目を通されておくと便利です。
(2005年2月1日)
参考・引用資料
- ホームページ独立行政法人国立印刷局
- ホームページ日本銀行 Bank of Japan (Japanese)
- ホームページ ふすま&内装考房EBS TOP Page 、和紙の歴史
- 広辞苑(第五版)…CD-ROM版(株式会社岩波書店発行)
- 世界大百科事典(第2版 CD-ROM版)…日立デジタル平凡社発行
- 和紙文化辞典 久米康生著、1995年10月 わがみ堂発行
- ホームページ小津産業のホームページ、小津330年のあゆみ
- 財団法人 紙の博物館ホームページ紙の博物館、紙の講座10
- 財団法人 紙の博物館「紙の博物館収蔵品」(平成12年6月発行)
- 財団法人 紙の博物館「百万塔」(第104号) 植松達也著(当時 理事・副館長)「聖徳太子御影」(平成11年10月31日発行)
- 財団法人 紙の博物館「百万塔」(第110号) 今井武一著(小津産業株式会社 取締役会長)「ずいひつ 紙の博物館『聖徳太子御影』画の原紙の思い出」(平成13年10月31日発行)
- ホームページものづくりネット館の紙の博物館