コラム(39) 「紙と石綿」(その2)紙パ業界とアスベスト(石綿)

アスベスト(石綿)とは

それでは現在、健康被害を発生させ社会問題になっているアスベスト(石綿)とはどういう物質でしょうか。あらためて説明しておきます。

石綿は、「いしわた、せきめん」と呼び、英語名でアスベスト(asbestos)といい、然に産する岩石で、溶岩が冷えて固まる際、岩石の割れ目などで細長く繊維状に結晶化した、化学的には含水ケイ酸塩鉱物の総称です。主産は、カナダ(ケベック)、ロシア(ウラル)、南アフリカ共和国、ジンバブウェ共和国などですが、日本でも北海道で採掘されたことがあります。

アスベストは、今から4千年前にイタリアで発見され、古くはエジプトでミイラを包む布に、ローマやギリシャではランプの芯に使われました。また、1764(明和元)年に平賀源内がアスベストで布を作って、火浣布(かかんふ)と名付けて幕府に献上しています。

 

火浣布…火で浣(あら)える布の意。汚れを洗い落とすため火の中に入れると汚れだけが燃え、布は燃えつきることなく、みごとにもとの白色をとりもどすところから,この名がつけられました。

なお、アスベストは「変化しにくく」、「無くならない」ことから「永久不滅」の物質ですが、ギリシア語の「しない(ない)」という意味の「a」と、「消化できる」という「sbestos」からなる「消し尽くせない」を意味する言葉が語源です。また、わが国では原石を指でこすると細かく毛羽立って綿状になることから「石からできる綿」、すなわち「石綿」といいます。

 

石綿がわが国で多く使われ始めたのは1960年代のことで、主にカナダやブラジルなどからの輸入品がほとんどです。そして70年代をピークに90年ごろから規制により減少してきています。

石綿は綿のように軽くて柔らかで、加工しやすく、しかも強靱。熱・電気の不良導体で、熱に強く、酸、アルカリにも強いと言われるように、耐久性、耐火・耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性などの特性に非常にすぐれており、しかも安価であるため、わが国では「奇跡の鉱物」などと珍重され、繊維の形では防火服、防火幕などや、井や鉄骨に吹き付けて断熱材などの建設資材、また電気製品、自動車、家庭用品等、様々な用途に幅広く使われてきました。

石綿の繊維1本の太さは、だいたい髪の毛の5000分の1程度の細さで、トゲのようにほぐれて、空中に飛散した石綿繊維(石綿粉じん)を吸い込むと肺などに刺さり、肺線維症(じん肺)という病気の一つである石綿肺とか、がんの一種である中皮腫(胸膜や腹膜のがん)や肺がんなどの健康障害を生じるおそれがあります。しかも発症までの潜伏期間が20~50年と長いため、現在では「静かな時限爆弾」などと世間から恐れられています。

わが国では、1975年に吹き付け使用が禁止され、95年には毒性の強い青石綿と茶石綿の使用を禁止。昨年10月には白石綿も含めて原則全面禁止になっています。

 

石綿の種類…鉱物学的には蛇紋石および角セン石鉱物のうち、繊維状形態を有する次の6種の鉱物をいいます。そして規制の対象は、下記*印の3鉱物です。

分類石綿名 備考
蛇紋石族

*クリソタイル(白石綿、温石綿(おんじゃくめん))

クリソタイルから作られる石綿を温石綿と呼ぶ。石綿全体の90%以上を占める。日本では2004年10月、使用が禁止。しかし、一部の用途に限っては、2006年までその使用は認められている。2008年までには全面禁止される予定。
角閃(セン)石族

*クロシドライト(青石綿)

1995年より使用も製造も禁止。最高毒性。

*アモサイト(茶石綿)

1995年より使用も製造も禁止。
アンソフィライト(直閃石綿) 他の石綿の鉱床中に不純物として含まれ、日本国内の産業界では不使用。
トレモライト(透角閃石綿・透セン石)
アクチノライト(陽起石綿・緑セン石)

 

紙パ業界とアスベスト(石綿)

石綿(アスベスト)問題が新聞、テレビなどに毎日のように報道されるようになったのは今年7月ごろからですが、石綿や石綿製品の使用工場とその周辺、ビル、学校などの公共設備などからマンション、一般住宅まで含めて現在もまだ健康面での不安が広がってきています。

それでは、前回本報で紹介しました阿波製紙の「徳島・鮎喰川河川敷に石綿工業用紙投棄」トラブルが今年10月にありましたが、紙パ業界とアスベスト(石綿)との関わりはどうでしょうか。

 

粉じん作業は健康被害の発生する恐れのある作業の対象になっていますが、石綿を取り扱う作業もそれに含まれています。そして石綿紙の製造工程における作業もその対象になっています。

今年(平成17年)7月8日付けの厚生労働省発表の資料「石綿による健康被害への対応について」の中に「石綿に係る作業リスト」や「石綿ばく露作業の例」が記載されていますが、その対象のひとつに「電気絶縁性、保温性、耐酸性等の性質を有する石綿紙、石綿フェルト等の石綿製品(電線絶縁紙、保温材、耐酸建材等に用いられている)の製造工程における作業」が挙げられています(ホームページ厚生労働省:石綿による健康障害への対応について参照)。

 

ここで「紙パ業界とアスベスト(石綿)」について、貴重なレポートがありますので下記に引用させていただきます。

紙業タイムス社・テックタイムスの業界ニュース/紙パルプによれば、2005年8月のニュースとして「アスベスト問題/環境省で製造事業所を取りまとめ」のタイトルで掲載されていますが、この中で紙パ業界について次のようにまとめられています(Future誌9月12日号)。

 

紙パ業界もアスベストとは無縁ではなく、「石綿紙(Asbestos paper)」が昔から存在していた。資料によれば、この製法は原料の石綿を緩やかに解繊し、抄紙紙質と抄造時の濾水性を調節するために、品質の異なった種々の等の石綿を混合する。抄紙には短網抄紙機を用いる。製品の厚みは0.15~1.1mm、常用温度はバインダーにもよるが、およそ400~500℃。

石綿紙のかつての用途としては、不燃性の壁紙原紙、建築用化粧紙、塩化ビニルクッションフロア用裏打ち紙、アスベストルーフィングの原紙、自動車エンジン用ガスケット材、各種パッキング材、空調ダクトの表面材や保温材などのほか、防火扉内部のハニカムコア原紙などがあった。82年の生産実績は約7,000tとされる。

ちなみに8月26日付で、経産省と環境省がそれぞれデータをまとめている。まず経産省(「企業ごと、事業所ごとのアスベスト含有製品の生産実績および健康被害の状況」)の資料を見ると、わずかにオリベスト(滋賀県野洲市)という企業が91年まで石綿紙を製造していたことになっている。

また環境省(「大気汚染防止法に係る特定粉じん発生施設の届出工場など」)によると、旧安倍川製紙(現王子特殊紙)において90年まで絶縁紙を製造、阿波製紙が95年まで石綿紙を製造していたことが記録されており、このほか「石綿紙の切断」を行っていた企業としてリプター(徳島市、91年で中止)および佐野商店(徳島県小松島市、91年で中止)が記録されている。

 

さらに、同2005年9月のニュースにタイトル「日本製紙連合会/製紙会社のアスベスト被害を調査」で、日本製紙連合会がメーカーに対するアスベスト関連のアンケート調査を行った結果が次のように取りまとめられています(Future誌10月10日号)。

 

日本製紙連合会は、会員会社全社(41社)を対象に「アスベスト(石綿)に関する健康被害など」のアンケートを実施、このほどその調査結果を発表した。調査期間は8月3~26日で、41社中33社から回答を得た。調査結果は次の通り。

<石綿に関する健康被害など>

(注:①=従業員、②=従業員の退職者、③=請負従業員、④=請負従業員の退職者)

  • 石綿肺、肺ガン、中皮種などによる死亡者の発生の有無

②(従業員の退職者)で中皮種による死亡(03年)が1名確認された会社が1社あったほかは、「調査中」が①2社、②6社、③2社、④7社で、それ以外は死亡者なし。

  • 石綿肺、肺ガン、中皮種などによる病人の発生の有無

「調査中」が①2社、②7社、③4社、④9社で、それ以外は病人の発生はなし。

  • 石綿肺、肺ガン、中皮種などの健康診断の実施の有無

「実施している」は、①10社、②2社、③5社、④1社。「実施予定」は、①1社、②3社、③0社、④0社。「予定なし」は、①21社、②25社、③25社、④29社。「調査結果で判断」は、①1社、②~④はいずれも3社。

  • 域住民からの石綿に関する健康被害の申し出の有無

全33社とも「なし」。

  • 石綿に関する相談窓口の設置

「設置している」7社、「設置予定」4社、「設置しない」22社。

<石綿の使用について>

  • 石綿入り製品の生産の有無

「過去に生産していた」5社、「なし」27社、「調査中」1社

  • 石綿入り製品を過去に生産していた5社の製造期間と用途

A社…71~86年。壁紙、化粧紙用、クッション床材裏打材、特殊建材ほか

B社…53~58年。スーパーカレンダーのロール紙

C社…56~89年=樹脂含浸用アスベスト原紙。70~87年=不燃石膏ボード用表面紙、プレス用クッション紙。63~89年=耐熱絶縁紙。62~69年=アスベストロール用原紙

D社…36~77年。難燃壁紙

E社…71~86年。石膏ボード用原紙

  • 製品在庫の有無

前記5社とも「なし」

  • 石綿原料の在庫の有無

前記5社とも「なし」

 

これらのレポートから、日本製紙連合会の会員会社全社(41社)のうち回答のあった33社の調査結果では、石綿入り製品を過去に生産していた5社は、いずれも現在は製造を中止しています。すなわち、1936年の古くから生産しているところ(D社)もありますが、50年代ころから80年代が主流で、90年くらいまでに製造を中止しています。ただ、日本製紙連合会の調査結果とは別に環境省(「大気汚染防止法に係る特定粉じん発生施設の届出工場など」)によると、旧安倍川製紙(現王子特殊紙)において90年まで絶縁紙を製造、阿波製紙が95年まで石綿紙を製造していたことが記録されているとのことですので、一部のメーカーはそのころまで生産していたことになります。

 

なお、従業員などの石綿肺、肺ガン、中皮種などによる健康被害は「調査中」のところが多いが、死亡(03年)が1名確認された会社が1社あったほかは、病人などの発生はないと報告されています。さらに域住民からの石綿に関する健康被害の申し出の有無は、調査回答全社とも「なし」と報告されています。

このように、現在のところ紙パ業界では大事には至っていないようです。

 

ただ紙パ業界では、1990年か95年までに製造を中止していますが、過去に一部の製紙会社で石綿を使い石綿紙を生産していたのは事実です。しかし、「石綿紙」は新聞用紙やチラシなどに使われるような一般紙でなく、建築用、工業用などの特殊な用途で使われ、数量的には「紙」「板紙」全体の少量に過ぎません。また、石綿を使った紙を外などで多量に燃やし、その粉塵を吸わない限りは、健康面で安全であろうと考えられます。問題があるとすれば、「石綿」を取り扱った現場の作業者やその家族、そしてその工場周辺への影響です。

石綿に起因する中皮腫などの健康障害発症には20年、30年あるいはそれ以上と時間が掛かりますので、過去に石綿の取り扱いや職場環境などの対応が悪かった場合、問題の発生が懸念されるのはこれからのことです。

そう言う意味では紙パ業界も安心できません。40年ほど前のわが国で、紙・パルプの各種廃水が無処理で静岡県富士市田子ノ浦港に流入・沈積し発生させた、いわゆる田子ノ浦「ヘドロ」事件に代表される公害。田子ノ浦だけでなく事実上は全国すべての紙・パルプ工場がなんらかの「公害」に関与しており、紙パ業界のイメージを失墜させました。

その後、懸命な対策努力により、公害を克服し紙パ産業のイメージがよくなってきました。しかし、一度落とした汚名が払拭できるまでには、長い歳月が掛かりました。そして今では「クリーンな産業」の位置づけはもとより「球環境」に積極的に寄与する優等生産業になっています。今回、建材メーカーなど全国的に襲ってきた「石綿公害」。製紙会社では一部ではあるが、紙パ産業全体として協力して、負けないでこの「過去の負」を無事に乗り切ってほしいものです。

(2005年12月1日)

 

参考・引用文献

 


更新日時:(吉田印刷所)

公開日時:(吉田印刷所)