コラム(57-2) 「冥王星」は惑星か、「パピルス紙」は紙か 2

パピルス紙(パピルス)蔡侯紙

①刈り取った茎の皮(表皮・皮層・維管束の部分)を剥いで長さを揃え、針などを使って縦に薄く削ぎ、長い薄片を作る。

②薄片を川から汲んだ水に漬け、細菌が繁殖してある程度分解が始まるまで二日ほど放置する。

③フェルトや布を敷いた台の上に少しずつ重ねながら並べ、さらにその上に直交方向に同じように並べ、布で覆う。

④配列を崩さないように注意しながら槌などで強く念入りに叩いて組織を潰し、さらに圧搾機やローラーなどで圧力を加えて脱水する。

⑤その後さらに乾いた布で挟んで乾かし、日陰などで乾燥させる。

⑥表面を滑らかな石や貝殻などでこすって平滑にし、その後、縁を切り揃えて完成となる。

(ホームページパピルス - Wikipediaから)

①原料の麻のぼろなどを切り刻み、水で洗う。

②草や木を燃やして、灰を採り、桶の中の水に入れ、笊(ざる)で濾過して灰汁(あく)を作る。

③水洗いしたぼろ切れを灰汁で煮る。

④石臼で搗く。

⑤繊維を水洗いする。

⑥繊維を水の入った紙槽に入れ、かき混ぜて紙料液(原質)を作る。

⑦木の枠に網をはった紙すき器(紙模)を両手で持って紙料液の中に入れ、紙料をすきあげる。

⑧紙すき器ごと立て掛けて乾燥させる。

⑨乾いたら、紙すき器から紙を剥がして出来上がり。

(注)漢の時代の紙すき器は木の枠に網をはったものと推定されている。

(ホームページぷりんとぴあから)

 

両方とも植物を原料にしていますが、パピルス紙は原料の芯を長い薄片にして縦・横に重ね並べて圧搾し、シート状にしたものですが、蔡侯紙は原料から植物繊維を取り出し、その繊維を水に分散させ、絡み合わせてシートとして漉いたものです。この点が両者の大きな違いです。

すなわち、パピルス紙はパピルスという草の茎の皮をむき、芯(髄)を平行に切って厚さのほとんど等しい細長い帯状の薄片とします。次にその短冊形の薄片を水に漬けた後、縦・横に重ねて並べ、水をかけ、槌などで入念に叩解し、さらに重しをかけて強く圧搾し、脱水。さらに日乾燥した後、表面を滑らかな石や象牙などで擦って平滑にしてシート状にします。

これに対して、蔡倫の造った紙、蔡侯紙は原料として樹皮(樹膚じゅふ)、麻の切れ端(麻頭まとう)、ぼろぎれ(敝布へいふ)、魚網などの原料を灰汁(あく)で煮た後、これらを石臼でひき、繊維を取り出し、水の中に入れて、それに陶土や滑石粉などを混ぜて簀の上で漉く方法が採られました。

そして、この蔡倫の製紙法と今日の一般的な紙の造り方を比較しますと、現在の紙は木材などの植物から取り出した繊維状物質(パルプ)を水の中に分散させ、それを網や簀(す)で水をこして、薄く平らにして乾燥したものです。なお、この過程で繊維分散液は互いに絡み合い、結合、固着していきますが、さらに薬品添加・塗布や加圧など種々の処理・加工などが加わって紙が出来上がるわけです。

このように蔡倫の紙の造り方と原理的に変わりがありません。すなわち、現在の製紙法、⑴木皮を剥く(剥皮)、⑵煮て植物体から繊維を取り出す(蒸解・パルプ化)、⑶繊維を叩く(叩解)、⑷抄く(抄紙)、⑸乾かす(乾燥)とほとんど同じです。それ故、蔡倫は今日の製紙技術の基礎を確立したといわれる所以です。また、初期の製紙には麻が主要な原料でしたが、蔡倫の改良によって多くの植物繊維が使用されるようになりました。この点も蔡倫の偉大な業績のひとつです。

そのため後年、この蔡倫の造った蔡侯紙に準じて、紙の定義が決められましたが、それは紙とは「植物繊維を水に分散させてから水をこし、薄く平らに絡み合わせ、こう(膠)着させたもの」ということになりました。これにより「パピルス紙」は、植物繊維を水に分散させ、絡み合わせて作ったものでないため、この紙の定義から外れ、紙そのものとは言えなくなったわけです。

なお、ヨーロッパで古代(紀元前2世紀ころ)から中世まで筆写材料として使用された羊皮紙(ようひし、パーチメント(parchment)) は、エジプトからのパピルスの輸入が減少したときに筆写用として工夫されたといわれていますが、当初は羊・山羊の皮が用いられました。後に牛・鹿などの皮も使われましたが、それらの獣皮を水に浸したのち石灰でさらし、一度乾燥・漂白し、その後皮の肉側をはぎ取って滑石で磨いて光沢をつけた記録材料です。羊皮紙には紙という字が付きますが、これもパピルス紙同様、紙の定義に合わないため紙ではありません。

ところで、中国で発見された前漢期の紙をはじめ、蔡倫(後漢期)の「蔡侯紙」や欧米、日本その他各で造られた紙は近代まで長く植物性繊維だけが原料でした。しかし近年、科学技術の進歩、発展により開発され新しい素材が出現するようになりました。ポリプロピレン樹脂などの合成高分子物質もそのひとつですが、その合成高分子物質などを膠着させたものも含めて紙と呼ぶようになりました。

すなわち、それまでの紙の定義は「植物繊維を絡み合わせ、こう着させて作ったもの」でしたが、合成高分子物質を用いて製造した合成紙の出現により「植物繊維その他の繊維を絡み合わせ、こう着させて作ったもの。なお、広義には素材として合成高分子物質を使用して作った合成紙も含む」と新たに定義付けされ改定されました(昭和44年日本工業規格(JIS))。そして、さらに現在は次のように規定されています。

 

紙とは「植物繊維その他の繊維をこう(膠)着させて製造したもの」。なお、広義には「素材として合成高分子物質を用いて製造した合成紙のほか、繊維状無機材料を配合した紙も含む」と規定、定義付けされています[日本工業規格 紙・板紙及びパルプ用語(JIS P 0001 番号4004)…JISハンドブック32 紙・パルプ2005(日本規格協会発行)]。

(筆者注記)

  • こう(膠)着とは難しい言葉ですが、辞書には膠(にかわ)で付けたように、ねばりつくこと。ある状態が固定して、動かないこと。ある物に他の物がくっついて、離れにくくなること、などと説明されています。
  • また定義の中にある「繊維状無機材料」とは、木材などの植物から取り出した有機物質であるパルプ繊維に無機質のケイ酸カルシウムやケイ酸マグネシウムを沈着させたものです。すなわち無機材料であるガラス繊維などを配合したものも紙といいます。それらを利用した紙に無機繊維紙や水酸化アルミニウムを大量に含有する不燃紙などがあります。

 

紙の定義には、素材としては当初、然の植物繊維のみでしたが、その後植物繊維以外にその他の繊維とし人工の合成高分子物質、さらに無機材料が含まれてきています。紙の定義も新しい時代に沿って変わっているのです。このように「定義」というものは永久に不変であるというわけではありません。それが進歩している科学技術文明の時代なのでしょう。

「惑星」の定義もしかり。宇宙観測技術の進歩で宇宙や冥王星などの姿が明確になりつつあります。この中での今回の惑星の新定義の決定。定義の見直しは悪いことではないと思います。

しかし、今回の「冥王星外し」、「冥王星降格」の定義決定に米国科学者から反発がでており、議論は尾を引いているようです。冥王星は1930年、米文学者のクライド・トンボーにより発見され、これまでは「米国人が見つけた唯一の惑星」という位でした。また、冥王星(英語名プルート)はディズニーのキャラクターの名前になるほど愛着を持たれているということです。これらアメリカの人たちにとっては、「冥王星」の格下げは認めがたいことなのでしょう。

紙の場合も初めて紙の定義が決まったときに同様に反発があったものと想像されます。蔡倫の紙が西進し、ヨーロッパに浸透、普及し、発展。その過程で「紙」を意味するペーパーなどの言葉が誕生したと考えますが、その語源になったのが、古くから書写材料として用いられてきたパピルス(パピルス紙)です。パピルス紙は同じような用途として使われる「蔡倫の紙」と同類であり、紙(の一種)と見られていたのが、「紙」の定義が制定され、パピルス紙が紙(の一種)でないと決まったときに、欧米や、パピルス紙発祥のエジプトで反発が起きたであろうと当然、考えられます。

 

「定義」外れ、それでも生き続けます

しかし、新発見、新開発などとともに見直しがあり論争や修正が起きるのは科学の常だと思います。この中で愛着や思惑を振り切り、科学的合理性という観点だけか明快で、説得力ある結論、方向づけが重要となります。

ただ、「定義」付けで区別されようが、冥王星という長年なじんできた名前自体が消えてしまうわけもないし、矮惑星と呼ばれようが、人間がする分類とは関係なく、存在し星そのものに変わりはありません。今年1月、米航空宇宙局は世界初の冥王星探査機「ニューホライズンズ」を打ち上げました。9年後に冥王星へ接近しますが、目的がなくなったわけではなく、探査にかかわるジョンズホプキンズ大のウィリアム・ブレア博士は「冥王星は昨日も今日も同じだし、ずっとそうだった」との由。冥王星は、これからも今までと同じように輝き続けることでしょう。

紙についても同様で、「定義」付けとは無関係にパピルス(パピルス紙)はいつまでも「紙」を意味するペーパーなどの語源に違いないし、今の紙の歴史よりも長い3,000年以上もの間、人びとに夢を与え、重要な役割を果たしてきました。その重みは決して忘れ棄てられるものではありません。

今の紙が今後どうなるのか。特に筆写媒体としての紙はこれからどうなるのか。これまでおよそ2,000年の歴史を持つ紙は、これからも生き延びられるのか。これからの長い長い経年の将来には、パピルス紙と同じような道をたどるのか。これからもずっとずっと輝いてほしいものだと、ふと思う今回の定義付けショックでした。

(2006年10月1日)

 

参考・引用文献

 


更新日時:(吉田印刷所)

公開日時:(吉田印刷所)