これからも期待される塗工紙
わが国の製紙業界は、国内生産・消費に依存する典型的な内需産業ですが、ここ数年、国内の紙需要が頭打ちとなり、これまでのように飛躍的な量的拡大は望めなくなっています。日本製紙連合会「2007年 紙・板紙内需見通し」(2007年1月22日発表)によれば、今年の紙・板紙合計の内需は前年比0.2%(6.6万㌧)増と予測され、過去最高の2000年の内需量を僅かながらも(0.1%)依然超えられない水準であるとされています。内需増を牽引するのは、紙では、塗工印刷用紙(同10.4万㌧)と衛生用紙(同1.9万㌧)で、板紙では段ボール原紙(同2.8万㌧)と見込まれています。
そのなかで紙需要は、内需主体の景気拡大持続を背景に、すなわち好調な企業業績、景気拡大、販売競争の激化、団塊世代の大量退職などを背景に広告活動、特に安価で特定の地域、顧客層に的を絞った販促用チラシ、DM、カタログの需要拡大寄与により、印刷情報用紙(特に塗工紙)を中心として昨年を0.2%(4万㌧余り)増と僅かながら上回る増加が期待できると予測されています。そしてそれを牽引するのは微塗工、軽量コートを中心にした塗工印刷用紙で前年比1.5%(10.4万㌧)増の需要増加とされています。
このように短期的な見方ですが、紙・板紙のなかで市場を牽引するのは塗工紙であり、しかも微塗工、軽量コートが中心であるとされています。
これまでアート紙誕生(1916年)から、およそ一世紀にわたる塗工紙の世界を見てきましたが、内部品種の変遷はあるにしても、塗工紙はこれからも紙・板紙の中心的存在であると考えます。日本から世界へ、世界から日本へ塗工紙は今以上に動くものと思われます。
わが国では、今の延長として上昇傾向にある上質軽量コート紙および微塗工紙がリードしながら塗工紙は伸びていくものと考えられますが、上質コート紙についても3強の一角として塗工紙を担っていくものと考えます。
これからの注目点
塗工紙のこれからの注目点についてまとめておきます。ひとつ目は、より上位品質にあるアート紙クラスの塗工紙はどうなるのでしょうか、です。なくなるのでしょうか。考えて見ましょう。
印刷も進歩しています。印刷物も多種多様いろいろと数多くあります。そのなかで最高の印刷物を最高の印刷技術、印刷手段で作ることも当然あり、今後もその要求は変わらないと考えます。このニーズがある以上、それに用いられる印刷用紙も最高のものでしょうから、最高の印刷用紙への要求は決してなくならないでしょう。そこに需給関係が生まれ、最高の印刷用紙はなくならないはずです。それが最高の塗工紙です。ただその量はマスプロでなく、少ないと思われます。いわゆる特殊的で機能的な紙と言えます。今、減少しながらアート紙がたどっている道が、それかも知れません。その過渡期であるかも知れません。
もうひとつは上質コート紙の位置付けです。上述のように上質コート紙の生産量は塗工紙のなかで最大で、現在なお増加傾向ですが、その構成比は漸減しています。その点、上質軽量コート紙、微塗工紙と比べて勢いがないようです。これを表3から2006年の生産量の伸び率(対2000年比)を算出して比較しますと、上質コート紙が105.2%、上質軽量コート紙108.9%、微塗工紙112.1%で、上質コート紙の生産量は伸びていますが、3強のなかで三番目で、微塗工紙が一番勢いがあるようです(ちなみに、アート紙は56.2%、中質コート紙47.4%)。
ピークを過ぎた上質コート紙は、このように勢いが衰えつつあり、過去にアート紙がたどったように、これからも少しずつそのウェイトが下がっていくものと思われますが、これについては、今年から来年にかけて稼動予定の大手4社の塗工紙生産設備と関連しますので、まずそれから説明します。1905年から06年にかけ、大王製紙、日本製紙、北越製紙および王子製紙の大手4社が塗工紙生産設備の新設の発表がありました。その概要を各社のホームページから整理し表5に示します。
会社名 | 大王製紙 | 日本製紙 | 北越製紙 | 王子製紙 |
---|---|---|---|---|
設置場所 | 三島工場(愛媛県) | 石巻工場(宮城県) | 新潟工場(新潟県) | 富岡工場(徳島県) |
生産品種 |
軽量コート紙 微塗工紙 |
軽量コート紙 微塗工紙 |
軽量コート紙 |
軽量コート紙 微塗工紙 |
年産能力 | 288千t | 350千t | 350千t | 350千t |
投資金額 | 470億円 | 630億円 | 550億円 | 500億円 |
生産設備の形式 |
オンマシンコーター (ワイヤー幅8,100mm) |
オンマシンコーター (ワイヤー幅9,450mm) |
オンマシンコーター (ワイヤー幅10m) |
オンマシンコーター (ワイヤー幅10m) |
運転開始時期 | 2007年8月 | 2007年11月 | 2008年末 | 2008年末 |
発表のマシンは、いずれもオンマシンコーターで、年産能力は350千tクラスとなっています。生産開始はまず大王製紙が今(07)年8月に稼動し、続いて日本製紙が11月に、さらに08年末には北越製紙と王子製紙が運転の予定になっています。
そして生産品種は、大王製紙がコート紙、軽量コート紙、微塗工紙、日本製紙と王子製紙が軽量コート紙、微塗工紙、北越製紙は軽量コート紙を対象としており、メーカーによって若干、差があるものの軽量コート紙、微塗工紙を中心にして生産されます。
このようにこれから1年半足らずの間に最新鋭の4台の生産設備が動き出し、3強の塗工紙が世に出ることになります。フル生産なら年間130万tの量で、これは対象になる塗工紙の年間生産量の約20%に相当します。また、伸び率(対前年比)を大きめに3%と見ても年間20万t位ですので、いかに大量の塗工紙が一度に出ることになるかが分かります。供給過剰になり、価格競争が予想されます。国内市場を乱さないために、当然、既存設備のスクラップを進めたり、輸出に向けたりする等の対策が採られると思いますが、それでも4社間、とりわけ王子製紙の北越製紙に対する敵対的株式公開買い付け(TOB)問題のしこりも残っていると思え、王子製紙対3社(北越製紙と協力体制をとっている大王製紙、日本製紙)の厳しい販売競争が始まるものと予測されます。
その競争過程で、自ら価格を下げることは最も避けなければならないことでしょうから、サービス・品質競争による「品質の底上げ」があるものと思われます。そうなれば上質コート紙の品質は一段とレベルアップし、アート紙との格差が縮小してきます。このときに塗工技術のさらなる向上でアート紙の品質アップができるのか、あるいはアート紙の存在が危うくなって、整理・統合されて、遂には上質コート紙にその位置づけを譲り渡すようになるのか、最高品種はどれか、そして効果対費用の関係で市場に受け入れられる最高品質はどのレベルかなどなど、注目点です。 いずれにしても新コーター稼動とともに、当面、アート紙と上質コート紙の動向を見ておくことがキーポイントになりそうです。そして三つ目は、輸入紙、とりわけ輸入塗工紙(微塗工紙含む)の動向です。以前、コラムNO.62で紹介しましたが、ここで紙・板紙の輸入比率の推移を見ていきます。わが国の紙および板紙は、品質やデリバリーサービス、価格、コストなどの点で優れ、これまで輸入品に対して高い国際競争力を持っており、輸入比率とともに輸出の比率も低く、国内生産量が消費量とほぼ同量であり、典型的な内需型産業として安定した成長を続けてきました。しかし、最近は少し変わってきているようです。輸入比率(輸入量÷消費量)が増えてきており、輸入紙は板紙よりも紙のほうが増加しています(次表参照…日本製紙連合会「紙・板紙統計年報」から。なお、06年の輸入比率は未入手)。
1980年 | 85年 | 90年 | 95年 | 2000年 | 01年 | 02年 | 03年 | 04年 | 05年 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
紙・板紙 | 2.8 | 3.5 | 3.6 | 4.2 | 4.6 | 5.1 | 4.9 | 5.9 | 6.2 | 5.5 |
紙/板紙 | 2.2/3.7 | 4.1/2.6 | 4.3/2.7 | 5.9/1.7 | 6.4/1.8 | 7.1/1.8 | 6.8/1.9 | 8.2/2.2 | 8.3/2.8 | 7.4/2.6 |
わが国ではA2、A3の上質紙系のコート紙が順調であるのに対して、B3が生産中止、B2は低迷等、中質紙系のコート紙は育っていません。反面、上表のように増減はあるものの、流れとしては紙の輸入比率は増えており、そのなかで輸入塗工印刷用紙の比率は、紙の40%くらい(05年…38.5%、06年…39.2%)を占め、割りと大きなウェイトとなっています。その動向は輸入比率の増減にほぼ準じており、この05年、06年と2年続けて減少していますが、以前と比較すれば国産よりは安い輸入塗工紙が増えています。従来は主にフィンランド(北欧)からの中質コート紙が主体でしたが、最近では中国や韓国など東南アジアで最新の製紙マシン・コーターが稼動し、日本市場にも出回り国産品に脅威をもたらしながら、熾烈な競争を始めております。この点も要注目です。
以上、本稿をまとめてみて、塗工紙はこれからも永く存続するでしょうが、それを構成している品種には栄枯盛衰があることをあらためて知りました。塗工紙(品種)の誕生から導入期、それは生涯一定でなく、変化し進化しながら成長期を迎え、他と競合し、さらに進化し、最盛期に入ります。しかし、遂にはピークを過ぎ、成熟期を迎え勢いが落ちても、なお生き長らえるもの、あるいは落ち込んで衰退期となり終焉を迎えるもの、その過程はいろいろです。その間に新たな生まれがあり、それがさらに進化しながら成長サイクル繰り返す、ちょうど人生行路のようです。「その紙の一生」とも言うべきものでしょうか。これを現状に当てはめれば、中質軽量コート紙は終焉となり、アート紙と中質コート紙は衰退期にあり、上質コート紙が成熟期、上質軽量コート紙と微塗工紙は成長期にあると言えます。さらに激化する塗工紙、これからどうなっていくのでしょうか。しかも、最も期待される塗工紙の世界、これからも目が離せません。今後とも注目していきましょう。
(2007年5月1日)
参考・引用文献・ウェブ
- 日本製紙連合会「紙・板紙統計年報」
- 世界大百科事典(第2版 CD-ROM版)…日立デジタル平凡社発行
- 紙業タイムス社「'04紙業タイムス年鑑」(2004年3月発行):中嶋隆吉著「塗工紙はなぜ普及したのか ~製造技術と品質改善のあらまし」
- ホームページ日本製紙連合会“紙・板紙統計資料"
- 紙業タイムス社「'07紙業タイムス年鑑」(2007年3月発行)
- 紙パルプ技術協会「紙パルプ製造技術シリーズ コーティング"」
- 財団法人 紙の博物館「百万塔」(第106号):松田 元著「製紙産業・戦後の事績をたどる 塗工技術戦後50年の歩み」(2000年6月刊)
- 中嶋隆吉、“紙 ー紙と印刷、品質クレームへの対応ー(上・下巻 増補改訂版)"(1997年12月)、王子製紙株式会社発行