コラム(93) 「紙はなぜ」(13) 紙、特に和紙の寿命はなぜ長いのでしょうか?

紙、特に和紙の寿命はなぜ長いのでしょうか?

今回のテーマは「紙、特に和紙の寿命はなぜ長いのでしょうか」です。

一般的に「和紙1000年、洋紙100年」といわれます。これは紙の寿命のことです。洋紙の100年も長いのですが、和紙はさらに長い寿命をしています。これはなぜでしょうか。

 

洋紙については、1970年代に劣化の問題が起こりました。アメリカ、ヨーロッパで、図書館等に収められた古い蔵書に次々と激しい劣化が見られ、手にとって広げただけで本が修復できないほどボロボロになってしまいました。劣化しはじめた本の数は、数十万、数百万冊に及びました。それは、1850年以降に発行された書籍に限ってのことでした。

日本でも、1980年代に洋紙の劣化問題が取り上げられました。図書館に保存されている書籍が、50年も経たずに茶色く変色し、ひどい場合には触れただけで粉々になってしまうことが報告され、問題となりました。

なぜこのようなことが起きたのでしょうか。

 

紙の劣化の原因は、温度や湿度の変化、光、微生物(虫やカビ)などもありますが、主な原因は紙の中の硫酸です。

印刷用紙にはインクの滲みを止めるため、サイズ剤が使われています。サイズ剤の多くには松ヤニ(ロジン)が使われていますが、このサイズ剤をパルプに定着させるのに一番良いものが硫酸アルミニウム(硫酸バンド)です。硫酸アルミニウムは紙のなかで、加水分解して硫酸を生じ、紙を酸性にします。この硫酸が紙の繊維であるセルロースを傷め、繊維のつながりを断たれた紙はボロボロに崩れてしまうわけです。

この硫酸アルミニウムが使われるようになったのは、ヨーロッパにおいて工業化に伴う紙の大量生産技術が開発された1850年代以降です。

わが国で最初の洋紙が生産されたのは1874(明治7年)年ですので、日本で作られ使用されていた洋紙は、まず酸性紙であると疑う必要があります。また、太平洋戦争中あるいは終戦直後に製造された紙は、粗悪な材料が使われており、劣化の進行が特に激しくなっています。

この紙の劣化問題への対応策として、硫酸アルミニウムを使わない中性のサイズ剤が開発され、これを使用した中性紙が製造されました。中性紙は酸性紙の3~4倍の寿命を持つといわれています。

保存性が要求される記録用紙などの場合には、酸を中和するため紙にアルカリ性の炭酸カルシウムを加えますので、実際には弱アルカリ性となります。日本では、中性から弱アルカリ性の紙を中性紙と呼んでいます。なお、硫酸アルミニウムを使った紙を酸性紙といいます。

 

現在では、書籍など長期に保存される紙を中心に、中性紙の使用が増えています。

国立国会図書館が定期的に実施している日本国内における図書の中性紙使用率の調査によると、現在、民間出版物のうち図書の中性紙使用率は80%前後で安定しています。一方、国や方公共団体の刊行する官庁出版物における中性紙使用率も、1997年頃までは50%前後と低い値を示していましたが、2001年の調査では80%を超えました。現在はほとんど中性紙です。

このように現在では、洋紙の場合、酸性紙の寿命が100年くらいで、中性紙がおよそ300~400年です。

それでは和紙の寿命が、1000年くらいといわれるのはなぜでしょうか。

それは和紙の保存性・耐久性が良好なことによります。その保存性・耐久性が良い理由は次のとおりです。

和紙の原料に楮、三椏、雁皮などの繊維の長い靭皮繊維を使い、しかも原料の叩解も温和な手仕事で処理されるために、損傷は少なく、繊維の切断もほとんどなく、自然のままの丈夫さを保っていること、さらに漉くときの酸性度(pH)がアルカリから中性にあることなどが保存性・耐久性が良い要因です。その結果、抜群の耐久性、強靭性、そしてやわらかな光沢など、薄くて美しい紙が得られ、世界でも高い評価を得ています。

 

以上が、紙、特に和紙の寿命が長い理由です。

 

なお、中性紙か酸性紙かを見分けるのに、中性紙チェックペンというのがあります。サインペンとほぼ同じ形で、インクの代わりに pH 指示薬が入っています。中性紙の場合は変化しませんが、酸性紙の場合は瞬間的に色が変わります。

この他にも中性紙か酸性紙かを見分けるのに、食酢に紙の小片を入れて割箸などで沈める方法があります。中性紙の場合はごく小さな泡が発生します。また、紙を燃やして黒い炭化物ができるのは酸性紙で、白いぽっい灰になるのは中性紙です。酸性紙は硫酸イオンがあるので繊維が炭化します。

酸性紙が多い洋紙の寿命が、100年くらいでボロボロになるのに対して正倉院に残る紙が示すように、和紙は1000年以上を経てもしっかりしており、今なお使用可能なことから知られるように、和紙の寿命は驚異的といわざるを得ません。

このように和紙は、品質的に洋紙に比べて、大きな特色を持っていますが、手漉きのため生産性が低く、少量供給にならざるを得ません。そのため特殊性・芸術性的な用途が主体になり、希少価値的で価格も高くならざるを得ません。

これは、製造過程で紙のにじみ止めの定着に硫酸バンドが使われていたことに起因します。

酸性物質である硫酸バンドが紙の中に残ってしまうので、酸に弱いパルプ繊維が時間が経つにつれ徐々に破壊されて、紙が劣化していきます。そして数十年後に紙は茶褐色に変色し、小し力を加えるだけで粉々に砕け、修復不可能になってしまうのです。

20世紀初頭までに出版された大半の図書資料がこの問題に直面しています。

 

この後、対応策として中性のにじみ止めを使用した中性紙が開発されました。中性紙の寿命は酸性紙の3~4倍以上とも言われ、現在では出版物の書籍用紙などに積極的に使われています。

ちなみに塗工紙や非塗工紙のほとんどは中性紙です。紙が長期保存の過程で黄ばんだり変色したりすることを褪色と言います。これは、パルプ繊維に含まれるリグニンという物質が紫外線によって化学変化を起こすのが主な原因と言われています。

紙に含まれるリグニンは、木材をそのまますりつぶして作られる機械パルプには多く含まれ、薬品を使って繊維だけを取り出して作られる化学パルプにはほとんど含まれません。そのため機械パルプを多く使用している新聞用紙や中下紙は、化学パルプを原料としている上質紙等より褪色しやすくなります。

また、その他紙に含まれる接着剤や染料等も褪色に影響をおよぼします。紙は長期間保存しているうちに強度が低下したり、黄ばんだり(褪色)します。その原因について簡単にご説明します。

 

強度の低下

長期保存によって強度が低下する主な要因は紙のpH(酸性度)です。紙を抄造する際には、かつて、硫酸バンドという酸性の薬品が使用されており、それが経時による紙の強度低下を促進させる要因となっていました。しかし最近ではほとんどの紙が硫酸バンドを使わない中性紙となっており、保存性にも配慮がされています。

 

褪色

紙は長期保存の過程で、黄ばんだり変色したりする褪色という現象が起こります。褪色を促進するものにパルプ繊維中に含まれるリグニンという成分があり、それが紫外線によって化学変化を引き起し褪色が進みます。リグニンの量はパルプの製造方法によって違い、機械パルプに多く含まれ、化学パルプにはほとんど含まれません。そのため機械パルプを多く配合した新聞用紙や中下紙は、化学パルプによって作られる上質紙と比較すると褪色しやすい性質を持ちます。また、塗工紙は表面を塗料で覆われているため非塗工紙と比べて紫外線の影響は少なくなります。

 

7.8.2 紙の強度劣化 …J.TAPPI ・ 50

紙の長期経過で劣化するものに強度(紙力)面がある。いわゆる保存性である。紙の保存性は、その原料繊維の種類やリグニン含有量の多少などのパルプの純度や使用薬品などの性質と量に大きな影響を受ける( 7.1.1.2 中性紙の項参照)。 世界最古の紙として中国で発見された紀元前2世紀ごろの紙やわが国最古の印刷物である「百万塔陀羅尼経」(西暦 770年)の原料が麻類であることから判断しても、長繊維で、セルロース分が多く、リグニンが少ない繊維純度の高いものの保存性も高い。逆に砕木パルプなど繊維中にリグニン分などが多い物を原料にしている紙の保存性は低く、一時的に活用される紙にしか向かない。 さらに、退色性と同様、保存性は空気・日光・熱・湿気などの外界からの作用で悪化する。 やはり加速劣化試験がある(J.TAPPI ・ 50)。 105± 2℃の条件下で72時間置いたときの強度(耐折度)劣化は、常温出の自然劣化の約25年に相当するといわれているが、紙の種類・組成によって差がある。

 

紙の強制劣化試験は、この半世紀以上さまざまな方法が提案されています。多くは、高い温度・湿度に紙をさらし、紙の外観や強度変化を調べるというものです。

近年では、ASTM(米国材料試験協会)が「密閉試験管法」を開発し、自然劣化にもっとも近い方法として研究者の間で注目されています。試験紙は、実際に自然劣化した紙資料を分析し、同じ作り方で再現したものを使用します。これを試験管の中に入れ、100℃で5日間強制的に劣化させます。自然劣化した紙と強度残有率(耐折強さや引き裂き強さ)、有機酸(蟻酸や酢酸など)を比較し、耐久性を判定します。

ASTMは、光や汚染ガスによる試験方法も開発しています。

(2009年12月1日)

 

参考・引用資料

  • 広辞苑(第五版)…CD-ROM版(株式会社岩波書店発行)
  • ホームページWelcome to SHIROKI

 


更新日時:(吉田印刷所)

公開日時:(吉田印刷所)