(1964年1月10日)
御製(昭和天皇陛下のお歌)
世にいだすと那須の草木の書(ふみ)編みて紙のたふときことも知りにき
皇后陛下御歌
みそのふのかうぞの木もてすかせたる紙にいくとせゑがききにけり
皇太子殿下(現今上天皇陛下)
蒐(あつ)めたる和紙ながめつつそれぞれの漉(す)かれしすべをおもひ語らふ
皇太子妃殿下(現皇后陛下)
まがなしく日をてりかへす点字紙の文字打たれつつ影をなしゆく
正仁親王殿下
細胞の分裂しゆくさま追ひてこまかく写すケント紙の上に
雍仁親王妃勢津子殿下
水ぐるまめぐるわらやの軒先に干す紙しろく冬の日は照る
宣仁親王殿下
榊葉(さかきば)のみどりにかけしぬさの紙うつる白さの心にぞしむ
宣仁親王妃喜久子殿下
金泥(きんでい)の文字に祈のこもりたる紺地の経のまきものの紙
崇仁親王殿下
書きて消し消して書きつつ論文の原稿用紙日日(ひび)たまりゆく
崇仁親王妃百合子殿下歌
をさなごの小(ち)さき手先に折られゆく紙のかたちの鶴になりゆく
◆召歌
花田大五郎さん
ふるさとの清き流に今もかも翁はひとり紙漉(す)くらむか
高村豊周さん
たらちねのははの貼らせる紙障子手かけにふたつもみぢしるしも
◆選者
太田みつさん
おのが名を入れて刷らせし原稿紙手ふれぬままに時は過ぎゆく
松村英一さん
種紙をかこふ風穴(ふうけつ)かぜ冷えてわれの手にもつ鑞の灯ゆらぐ
五島美代子さん
凹(くぼ)みたる紙型(しけい)の文字にあづけおくこころとおもふ集(しゅう)成りかねて
木俣修二さん
波のごと寄するおもひに紙展(の)べて霜の朝明(あさけ)を筆とらむとす
鹿児島寿蔵さん
ひとくみのまろきひひなにひたすらに手染の紙を貼りかさねゆく
◆選歌(詠進者氏名五十音順)
秋田県 金子重治さん
回游する鰯の群(むれ)をキャッチして閃光はなつ音波記録紙
宮崎県 甲斐徳次郎さん
杉うゑて葉守(はもり)の四手(しで)と山口のひともとの秀(ほ)に白紙(しらかみ)を結(ゆ)ふ
三重県 小久保長二さん
霰(あられ)降るゆふべ現場に居残りてモルタルの凍(しみ)ふせぐ紙敷く
京都府 小林 穆さん
ニュージーランドソ聯の松を紙に漉き研究室の一日(ひとひ)終りぬ
岩手県 佐藤和子さん
神棚に供へし紙幣枡(ます)のまま父は見せにき馬売りし夜
愛知県 鷲見東觀さん
西域(さいいき)の流砂出土の黄変紙吐貨邏(トカラ)のことば今に伝へて
群馬県 高橋三郎さん
ひとはみなねむりし夜(よ)はを舞台裏にバックつくると紙貼るわれら
京都府 竹内銈三さん
反故紙(ほぐがみ)の裏を使ひて墨にじむ父の帳簿を捨てがたく持つ
カナダ国オンタリオ州 中野武雄さん
墳墓の地カナダときめて宣誓紙に署名するわが手はふるへたり
栃木県 永井與左衛門さん
捕虜となりて紙すくすべををそはりしシャムの泉の水清かりし
三重県 橋本善七さん
斎館(さいかん)のひとりの室(へや)に息とめて神に奉(まつ)らむ幣(ぬさ)の紙截(た)つ
京都府 深見多喜三郎さん
汚(けが)れなき白紙(はくし)のごとくわれはあらむ罪を問はるる人さばく日に
◆佳作(詠進者氏名五十音順)
愛知県 植島和子さん
しろじろと板に乾したる手漉紙ねべしのにほひ日だまりに満つ
東京都 乙川もえさん
向ひあふわが子は弱き目をとぢて真白き紙に点字うちゆく
和歌山県 川崖久能さん
渋染の吉野の紙をしき重ね鉢にあす塗る漆漉(こ)すなり
京都府 北村武子さん
打ち終へしタイプ原紙を揃へつつ友とかたみにいたはりをいふ
北海道 工藤ケイさん
巻取紙滝なす下をくぐり来てインク香に立つ夕刊を受く
ブラジル国サンパウロ州 光田八千代さん
親しめる異国の子らに囲まれて昔ながらの紙の鶴折る
福岡県 澁田 毅さん
亡き父がわが臍(へそ)の緒(を)を包みにし手漉の紙は黄にくすみ来つ
島根県 白根重暉さん
温床紙(おんしょうし)捲きとりゆけば妻の手にわが手にみどりひろがりゆきぬ
和歌山県 菅家俊章さん
御山(みやま)より雪解(ゆきげ)の水の流れくる谿辺(たにべ)に住みて高野紙(かうやがみ)漉く
岐阜県 高木英吉さん
埋(うづ)み火にかけてある湯に手をぬくめ母ひたすらに寒(かん)の紙漉く
愛媛県 田中重晴さん
足立たぬ幼(をさな)がひとり紙裂きて遊ぶを見れば涙ぐましき
静岡県 堤 政之助さん
ギプスの手癒(い)えそめし児(こ)も刷りをへて紙の版画の匂ふ教室
大阪府 永井菊枝さん
春あさきやまとの寺のお水とりこもりの僧のかみぎぬしろし
富山県 野沢 潤さん
虫食ひし生紙(きがみ)の日記亡き祖父のわが誕生を細かに綴れる
三重県 広岡有為生さん
手ざはりにて紙の斤数よみわくる印刷工となりて三十年
神奈川県 福田參四郎さん
千年(ちとせ)へし紙にいのちのなほありて陀羅尼(だらに)の文字を明かによむ
大阪府 松山金八郎さん
大判の製図紙いつぱいに書きあげぬ進水近き船の艤装図(ぎそうづ)
長野県 村上忠夫さん
赤石岳の夕映見つつ棟上の柱に妻と白き紙巻く
愛知県 山口輝弘さん
白く透く紙をほどけば大いなる菊の蕾はひろごりはじむ
愛媛県 山下照子さん
紙めくる音(おと)も補聴器につたはりて師のきみ近くわがまなぶかも
北海道 吉田 照さん
明日より業務開始の紙貼りてペンキの匂ふ窓硝子ふく
東京都 六本木盛夫さん
映画界のゆふべを告ぐるはり紙にまぐさ背負へる農夫よりくる