ご質問
このたび「紙への道」のHPを拝見させて戴きました。私は、印刷会社に勤める紙を主体とした加工を担当する者です。
紙は素材として古くから扱われておりますが、意外とその物性というものが良く分っていないものです。現在弊社では、紙加工の条件を管理する上で、素材としての紙について知見を得たく、製紙メーカー各社と、いろいろな情報交換を行なっておりますが、残念ながらまだ満足するような状態にありません。
貴HPを拝見し、紙に対する見識の深さを感じ、大変恐縮とは存じますが、いろいろと御教示戴きたく、初めてメールさせていただきました。本来であればお伺いしたいところですが、何分にも遠方なため、メールで失礼させていただきます。ご多忙中とは存じますが、何卒宜しくお願い致します。
①紙の水分量管理について
冬場の乾燥期対策として、抄紙時の水分量を下げる事例が示されていますが、抄紙-印刷-ラミ工程の各プロセスを経ることで水分量の減衰が起こりますが、本対策は減衰量(変動量)を抑制する作用があるのでしょうか。具体的にこの様な処方をとるメーカーはどこですか。
②抄紙時の水分値と、各湿度環境下における平衡水分値の関係
抄紙時の水分値と、各湿度環境下における平衡水分値の関係はどのような関係がありますか。具体的には抄紙時、5%と9%の水分値を持った紙は、30,50,90%RHの各湿度下では、どこに収束しますか。
一般文献には、環境湿度下における紙の平衡水分値が示されております。例えば35%RHでは紙の平衡水分は6%程度、50%RHでは7%、65%RHでは8.5%程度の平衡水分となることが示されております。各環境湿度下で長期保管した場合、その環境湿度下で平衡状態になると思いますが、その時予め抄紙された時点で初期水分値を変えておいた場合に、それぞれの平衡水分値は変わりますか。変わる場合、各初期水分値と各環境湿度の平衡値を比較した場合、どちらに収束するのでしょうか。
③横伸度向上
紙成型に横伸度を必要としています。横伸度9%超の紙を抄紙しようとした場合、どのような設計をすれば横伸度向上について宜しいでしょうか。(紙は300g程度で、平均的な水分量は7%とします。単層・多層は問いません)弊社で取り扱っている各社の紙は、だいたい横伸度5~7%程度です。
④ロール/シート束の紙の水分分布について
⑤環境湿度に対する紙の水分量の変動を抑える処方
抄紙時に、環境湿度に対する紙の水分量の変動を抑える処方はとれますか。グリコール等を内添するなど、保湿性のある成分を加えるなど。
⑥紙-樹脂間の相互作用
表面処理剤として使用されるPVAは、ピッキング性を向上させる作用を持つとされますが、これはミクロ的に見て、紙-樹脂間の相互作用はどのようなものでしょうか。水分の影響はありますか。
以上長々と、恐縮ですが、御分かりなことありましたら、是非御教えください。
(H.Yさん)
回答
ご質問の件、分かる範囲でご回答いたします。
①紙の水分量管理について
抄紙時の水分量を下げることは、減衰率(変動率)[減衰量(変動量)]を抑制する作用があります。製紙会社ならどこも経験していると思います。
この回答に対し質問者から次のコメントをいただきました。
これまでの製紙メーカーの見解は、冬期は環境湿度低下による水分減衰を見込んで、予め抄紙水分値を上げる方向にありました。諸々の評価の中で、どうも初期水分値を高めると、抄紙後の水分変動が大きくなるように感じておりまして、今回中嶋様のHPでの見解でも逆の方向の方が安定するコメントを見て、その確認を取りたく今回ご連絡させて戴いたわけです。
とりあえず評価検証を進めるべく、製紙メーカーに水分値の上下限値の水準の抄紙手配を取りました。結果がでましたら、改めて御報告させて頂きます。ありがとうございました。
②抄紙時の水分値と、各湿度環境下における平衡水分値の関係
抄紙時の水分値と、各湿度環境下における平衡水分値の関係はどのような関係がありますか。具体的には抄紙時、5%と9%の水分値を持った紙は、30,50,90%RHの各湿度下では、どこに収束しますか。
一般文献には、環境湿度下における紙の平衡水分値が示されております。例えば35%RHでは紙の平衡水分は6%程度、50%RHでは7%、65%RHでは8.5%程度の平衡水分となることが示されております。各環境湿度下で長期保管した場合、その環境湿度下で平衡状態になると思いますが、その時予め抄紙された時点で初期水分値を変えておいた場合に、それぞれの平衡水分値は変わりますか。変わる場合、各初期水分値と各環境湿度の平衡値を比較した場合、どちらに収束するのでしょうか。
なお、初期水分値は、全く影響を与えないと考えた方が良いのでしょうか。
長期保管した場合、環境湿度の変化で紙は吸・脱湿を繰り返します。例えば、平衡水分が35%RHでは6%程度、50%RHでは7%、65%RHでは8.5%程度である紙を、初期水分値を変えて造り放置した場合に、吸・脱湿を繰り返しますと、その環境湿度の平衡値に収束していきます。
吸脱湿して最終的な収束値になるには、はっきり分かりませんが相当な日時が掛かると思います。通常はそれまでに使われますし、また、一般的に使用時に経時変化した紙の水分値を測定しませんので、最終的な収束値は把握できていません。そのためにも紙の初期設定水分値は大事で、大きく影響すると考えたほうが実際的です。
次の追加質問がありました。
②抄紙時の水分値-各環境湿度下における平衡状態の収束値について…また、通常の工程を想定した場合、それ程多くの環境湿度の変化による吸脱湿のサイクルは繰り返さないと思います。例えば、6%、8.5%の初期水分値を持つ紙を用意して、50%RHの環境下に置いた場合、共に7%になると考えて宜しいのでしょうか。7%になった場合、それぞれの紙のカール状態は同じになりますか。
50%RHで、平衡水分が7%の紙ならば、いずれは7%になり、そのときの究極のカール状態は同じになると思います。しかし、厳密には湿度を上げていった場合と下げたときでは挙動か違い、いわゆる、ヒステリス現象で、紙の伸縮の道程が違いますので、7%に近いところでは紙のカール状態は異なると考えます。
③横伸度向上について
紙成型に横伸度を必要としています。横伸度9%超の紙を抄紙しようとした場合、どのような設計をすれば横伸度向上について宜しいでしょうか。(紙は300g程度で、平均的な水分量は7%とします。単層・多層は問いません)弊社で取り扱っている各社の紙は、だいたい横伸度5~7%程度です。
主な対策として、もし填料が抄き込まれていれば、それを減らすか、無配合にします。原料の叩解はあまり叩かないでラフにします。そして原料繊維がマシン流れ方向に配列するように、原料噴出のジェット/ワイヤー比を調整などが考えられますが、狙いの品質が得られるかは実際に製造してみないと分かりません。試行錯誤する必要があります。そして良かれと思う対策を追加していきます。ただ、出来た紙の他の品質が通用するものなのかチェック、確認しておく必要があります。
これに対し質問者から次のコメントをいただきました。
現在使用の紙は、填料等はありません。(200-300g/m2の紙カップの紙を想定ください)これまで抄紙メーカーとのやり取りで、N材配合アップ(伸ばしたときの強度アップとして、N/L比を8/2)逆に柔軟性向上としてN/L比を2/8にしたものとか、J/W比を変更し御指摘の配向性を縦配向にする、といった内容の抄紙をトライしてきましたが、いずれも殆ど伸度向上がなく差がありませんでした。
また叩解については、抄紙メーカーからは全く逆の見解を得ています。つまり叩解を良くした方が伸度向上につながるとの意見があります。絡みを良くした方が、伸度向上になるとの意見でした。この点は如何なものでしょうか。私としては、多層品の中間層/外層でのN/L配合を変えること、多層の各層間強度を向上させること、バインダー配合などが、どのような影響を与えるかが知りたく思います。今回の情報は、抄紙テストの参考にさせて戴きます。
このコメントに対し、再度、次のように回答しました。
(200-300g/m2の紙カップの紙を想定ください)とのことで、大体見当がつきました。改めて回答いたします。ここで伸度についてですが、伸度とは、紙を引っ張った場合、さらに紙を引っ張っていくと切断しますが、そのときの荷重を引張り強さといい、このときの伸び率を伸度(伸長率)といいます。
カップ原紙には、引張り強さと伸度の両方が必要ですね。このため原料の叩解は必要です。対策として、N材配合アップは効果があると思いますが、それも繊維長の長い輸入品がよく、配合も30~40%位。
また伸度が紙カップのどこで、特に必要なのかはっきりしませんが、もし折り曲げるところで必要ならば、外層のN配合を増やしたり、層間強度は逆に、あまり強くしないで限界まで下げ、折り曲げるときに層間のところでズレが生じるイメージで伸びやすくする対策も考えられます。
なお、層間などに使う接着剤は、硬くて割れやすい澱粉は使用せず、ポリアクリルアマイドなどの伸び易い合成品がよいのではないでしょうか。また、原料の叩解を進めたり、古紙配合をして微細繊維を増やしたり、接着剤を使わないで、水スプレーで層間強度を上げる方法もあります。
紙の目では、目の方向に折ったほうが、流れ目に対し直角方向に折ったよりも割れやすい(逆目が強い) ので、目の方向は如何でしょうか。
さらに、紙の含有水分量や成型する環境湿度などによって大きく影響しますので、原紙の水分アップや環境の空調化、加湿強化など許す範囲で湿気は高めにするほうがよいと考えます。
この横伸度向上策に対し、早々のご回答ありがとうございました。
- カップ原紙には、引張り強さと伸度の両方が必要ですね。このため原料の叩解は必要です。
→理解できました。
- 対策として、N材配合アップは効果があると思いますが、それも繊維長の長い輸入品がよく、配合も30~40%位。
→理解できました。
- また、伸度が紙カップのどこで、特に必要なのかはっきりしませんが、もし折り曲げるところで必要ならば、外層のN配合を増やしたり、層間強度は逆に、あまり強くしないで限界まで下げ、折り曲げるときに層間のところでズレが生じるイメージで伸びやすくする対策も考えられます。
→アドバイスに基づき、製紙メーカーに検討してもらいます。
- なお、層間などに使う接着剤は、硬くて割れやすい澱粉は使用せず、ポリアクリルアマイドなどの伸び易い合成品がよいのではないでしょうか。また、原料の叩解を進めたり、古紙配合をして微細繊維を増やしたり、接着剤を使わないで、水スプレーで層間強度を上げる方法もあります。
→理解しました。また現状ポリアクリルアミドを使用しております。古紙は衛生性の観点から使用しません。
- 「水スプレー」とは、どのようなものでしょうか。多筒抄紙で使用する方法ですか。単層抄紙で使用するものですか。通常抄紙工程では、ワイヤーパート、プレスパートでは徐々に脱水してゆくものと理解しております。良くカレンダーロールにて表面処理剤を塗付しますが、PVA等に変えて水塗付を行なう場合がありますが、それを示すのですか。そうであれば、紙の表面を締める効果はあると思いますが、如何なものなのでしょうか。
→多層抄きの層間に使います。通常は溶解した澱粉をスプレーで層間に噴霧して層間強度を上げますが、澱粉を使用しないで水だけを噴霧する訳です。ここでいう「水スプレー」は、カレンダーロールなどで表面改質に使うものではありません。
- 紙の目では、目の方向に折ったほうが、流れ目に対し直角方向に折ったよりも割れやすい(逆目が強い) ので、目の方向は如何でしょうか。さらに、紙の含有水分量や成型する環境湿度などによって大きく影響しますので、原紙の水分アップや環境の空調化、加湿強化など許す範囲で湿気は高めにするほうがよいと考えます。
→参考にさせて頂きます。現状では、紙目に関しては流れ方向に絵柄がきます。
- 紙の伸度について
- カップ紙を御想定ください。カップ成型を行なった場合、フランジ部のカールは計算値で通常8~10%程度の伸びを持ちます。その場合、カップ紙の材料物性値として通常5~7%程度の横伸度が示されておりますが、どう見ても通常使用しているカップ紙では、全てカールワレを発生してもおかしくないのに、カールワレの発生はありません。口元カール成型には、横伸度以外のファクターが存在しているのでしょうか。
→一般に単層よりも多層のほうが割れ難いのですが、紙の層と層との間でズレを生じ、逃げになっているからではないでしょうか。
④ロール/シート束の紙の水分分布について
紙の平衡水分について、JISでは、一枚の紙単体の平衡状態を評価していますが、実際の生産工程では、ロール/シート束の状態で流動されるわけで、本来生産に係わる我々とすれば、ロール/シート束の状態の紙の平衡水分値又は水分分布がどうなっているかを把握したいわけです。紙をシート束の状態、つまり体積として捉え、その水分分布を、水蒸気の拡散係数として数値化できれば、どのくらいで調湿できるのかが判断できるのではないかと考えております。
中島様のHPには、束の中までは湿度の影響は受けないとのコメントがありましたが、その辺の考え方は如何なものなのでしょうか。ご多忙なところですが、いろいろな貴重な御教示ありがとうございました。今後とも宜しくお願い致します。
初めに、束の中までは湿度の影響は受けないとのコメントがありましたが、その辺の考え方は如何なものなのでしょうか。
これについては、束の中までは湿度の変化は受け難いということで、全く受けないということではありません。参考になるかどうか分かりませんが下記します。
製紙メーカでは、シート束の紙水分(分布)を推定するために、紙間温・湿度計を使います。サーベル式になっており紙山の間に差し込み、湿度と温度が測定できます。もちろん、紙の中央パートと四隅の紙間湿度を測定し分布を調べることもできます。湿度分布などに異常があれば(紙の製造段階で分布差はまず起こりえないので)、どこで発生したのかなどの詰めを行なうためにも活用できますし、室内とか外気の湿度と温度も測定できます。測定器具はいろいろありますが、次のものがよいと思います。
- ロトニック社製(スイス)S1型、価格:15~17万円、取扱:マイスターセントロニック(株)<横浜市>、電話045(320)2521
→参考にさせて頂きます。ありがとうございました。
⑤環境湿度に対する紙の水分量の変動を抑える処方
抄紙時に、グリコール等を内添するなど、保湿性のある成分を加えるなどして、環境湿度に対する紙の水分量の変動を抑える処方はとれますか。
考えられます。しかし、一般紙でテストをしたことがありますが、効果はいまいちでした。
⑥紙-樹脂間の相互作用
表面処理剤として使用されるPVAは、ピッキング性を向上させる作用を持つとされますが、これはミクロ的に見て、紙-樹脂間の相互作用はどのようなものでしょうか。水分の影響はありますか。
紙の表面および、ある程度、内部まで浸透して繊維を被ったり、繊維簡に入り、水素結合などの化学的作用でその結合を強めると言われます。また、この時には適切な水分がないと機能が落ち、水分は多すぎても少なすぎても駄目です。
以上です。
(2003年5月17日)
その後、質問者のH.Yさんからお礼がありました。
毎度大変お世話になります。先般数々の貴重なコメントを戴きありがとうございました。中嶋様からのコメントを参考にさせて戴き、製紙メーカーに依頼して抄紙時の水分値の水準をふって工程流動させて、水分値の減少量の評価を実施しました。その結果確かに御指摘通り、予め抄紙水分値を低く設定したほうが減少量は小さくなることが確認されました。しかしその絶対値が我々の管理値の下限を切ってしまったため、実用的ではないとの判断をとりました。現在製紙メーカーと抄紙水分値の管理幅について、取り決めを進めている状況です。
ご多忙にもかかわらず、またお体の具合が悪いにも係わらず、本当に申し訳ありません。恐縮至極です。貴重なご意見、ご回答を戴き、非常に助かりました。本当にありがとうございました。
また現在中嶋様のHPの資料を参考にさせて戴き、社内で「紙の勉強会」を実施しております。講師は私自身で行なっていますが、研究所、技術部をはじめ製造部門からも多数の参加があり、好評です。自分の勉強にもなります。どうもありがとうございました。
社内で「紙の勉強会」を実施しておられるとのことで、参考になればと思い、下記のように紹介いたしました。
昨年(2002年)4月から日本製紙連合会の依頼で機関紙「紙・パルプ」(月刊誌)にテーマ「」を執筆しています。今年(2003年)6月で12回目(1~3月分は休み)の連載です。この機関誌は御社にもあると思いますが、日本製紙連合会 広報部(Tel 03-3248-4801、Fax 03-3248-4826、メールinfo@jpa.gr.jp)に連絡されてもよいと考えます。ますますご活躍ください。
(2003年6月21日)
ご質問者からのご返信
- おはようございます。ご返事ありがとうございました。また、日本製紙連合会の貴重な情報を戴き、ありがとうございました。早速連絡をとってみます。我々コンバーターにとって、前後プロセスを知ること、その中でどの様にプロセスを組み立てるかが、役割であると考えております。その意味で、「紙」の性質を深く知るきっかけを与えて頂きまして、非常に感謝しております。いろいろとありがとうございました。これからも中嶋様のますますのご活躍を、期待しております。
- 大変お世話になります。早速昨日アポをとり日本製紙連合会○○様と御会いしてきました。そこで中嶋様の投稿されている「紙の品質とトラブル対応」のコピーを戴きました。クレーム件数を強度で評価する方法は理に適った方法であると考えます。弊社品質管理に適用させるように提案したいと思っています。紙の品質に係る要因・対策の詳細が述べられているため、大変参考になります。ありがとうございました。