『正倉院文書』に見られる紙…原料によって名付けられたもの
「大宝律令」(701年)には、文書を取り扱う図書寮(ふみのつかさ)に、製紙もその職務の一つとして制定され、4人の紙すき人が置かれた。また、これとは別に山城国に50戸の「紙戸」を制定して、特に租税を免じて官用紙をすかせることを規定している。
奈良時代には官立の造紙所が図書寮という役所に付属して設けられ、専門の技術者が製紙に専念した。『正倉院文書』に詳しい。
その中に記されている紙の名前は、主として原料によって名付けられたものが多い。
麻紙・黄麻紙・白麻紙・緑麻紙・常麻紙・短麻紙・白短麻紙・穀紙・縹紙・加地紙・加遅紙・梶紙・檀紙・眞弓紙・長檀紙・斐紙・肥紙・荒肥紙・竹幕紙・楡紙・朽布紙・布紙・白布紙・本古紙・藁葉紙・波和良紙・杜中紙・松紙
麻を原料として、染色の種類や繊維の長さで区別したもの、楮、斐、竹、楡、藁の他、布や使用済みの紙などを原料としたものなどがあったことがわかる。
和紙の主な種類
・楮 紙
楮を原料とする紙で、古代から現代にいたるまで代表的な和紙。古代には呼紙(こくし)とよばれ、現代においても梶紙(かじがみ)(構紙・加地紙)などの別名を持っています。強くて粘りのある紙で、杉原紙・美濃紙・西の内紙・清張紙・吉野紙・奉書などと品種・銘柄が多く、古くから写経用紙・書道用紙・障子紙・傘紙・襖紙・張り子紙・紙布などに広く用いられています。
檀紙(だんし)
奈良時代から高級紙として、儀式や包装に使われた。
平安時代には歌を記ず壊紙に用いられ、婦人には「みちのく紙」と呼ばれていた堵紙。
杉原紙(すぎはらし)
平安時代末に播磨国椙原庄(兵庫県)から起こった中世を代表する楮紙。
武士や僧侶の贈り物などに使った。
奉書(ほうしょ)
越前から始まり、江戸時代には公用紙として使われた高級な楮紙。
古文書の形式の「将軍の命令を奉じて下の者の名でだす」奉書という書式による。
・三椏紙
三椏を原料とする紙。しなやかで、穏やかな感触のある紙。用途は便箋、書道用紙、紙幣など。
画仙紙(がせんし)
本来は中国からきた紙をいうが、中国の紙が手に入りにくくなって、三椏紙の山地を中心に竹、稲、木材など各種の原料を配合して中国風の画仙紙を漉きはじめて、和画仙と呼ばれた。
・雁皮紙
雁皮を原料とする紙。奈良時代では斐紙(ひし)と呼ばれ、中世から近世には鳥の子紙といわれた。現在も薄手和紙の最高級品。しまりが良く、滑らかで美しい紙です。
鳥の子(とりのこ)
雁皮紙の一種で未晒色が鶏の卵のような淡黄色をしているのでつけられた。
中世越前から起こったといわれている。
間似合紙(まにあいし)
雁皮紙の一種で、襖紙や書画用紙として使われている。
襖の半間の幅( 3尺=90cm) に継ぎ目なしに張るのに間似合という意味。
宿紙(すくし)
文字を書いたり、反故紙を、再び原料の繊維に戻して漉きなおした紙。
墨が十分に脱色できないものを薄墨紙(うすずみがみ)、水雲紙(すいうんし)と呼び、故人の手紙を漉きなおしたものを還魂紙という。
麻紙 まし
世界大百科事典(第2版)CD-ROM版 日立デジタル平凡社
楮紙(こうぞがみ)(穀紙(こくし))や雁皮紙(がんぴし)(斐紙(ひし))とともに,古代の和紙の代表的な三紙の一つであった。遺跡から発掘された最古の紙は,いずれも麻紙で,タイマやチョマを原料とし,なかには砕き切れずに残った麻布の切れ端が混じっているものもある。このように古い歴史をもつため,古代においては貴い高級紙とみなされ,正倉院宝物の目録(国家珍宝帳など)のような重要な文書は白麻紙に記されている。アサの繊維は強靭(きょうじん)で長い繊維であるため,紙の原料とするには5mm~2cmほどの長さに切断する。また古い麻布もすりつぶして用いられていた。麻紙はじょうぶで,重々しい風格の紙であるが,紙肌が粗く,墨と筆で書くには困難がある。そこで故で紙を打つ打紙(うちがみ)や動物のきばで磨く瑩紙(えいし)などの加工をして,書きやすくしなければならない。写経所には,その作業を行う瑩生(えいしよう)がいた。こうした原料処理の困難や書きにくさなどのため,平安時代の中期ころには,麻紙の製法は絶えたものとみられる。なお,中国における麻紙は,唐時代(618‐907)までは盛んであったが,北宋(960‐1127)以後は減少して,楮紙や竹紙が主流となった。日本の麻紙の製紙は長く絶えていたが,大正時代に越前紙(福井県今立町)の岩野平三郎によって復興され,現在も同家が日本画を中心とした書画用紙としてすいている。近年,高知などでも麻紙が試みられるなど,麻紙への関心が高まっている。
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注
麻(あさ)…桑科の1年生草木で和紙の中心的原料であつたが、処理に手間がかかるために使用が減少。現在では日本画用紙などに使われている。
パピルス papyrus∥Cyperus papyrus L.
世界大百科事典(第2版)CD-ROM版 日立デジタル平凡社
温室に栽植されるカヤツリグサ科の大型の水草で,古代エジプトでこれを使って世界最古の紙が作られた(イラスト)。カミガヤツリともいう。太い根茎に沿って,高さ2mにも達する茎が立ち並び,葉はすべて無葉身の比(さや)に退化して,茎の根元にある。直径40cmにもなる大型の花序には,細長い枝が無数に束のようにつき,その先に,薄茶色の小穂が少数個つく。北アフリカや中部アフリカの沼や河畔に大群落をつくって生える。古代エジプトではナイル川流域のパピルスの茎を採り,皮をはいで白い髄を細く裂き,その維管束を縦横に並べて重しをかけて乾燥し,さらにこすって滑らかにしたパピルス紙を作り,当時の地中海地方の唯一の筆写材料とした。エジプトは,国の大部分が砂漠で木に乏しいため,パピルスの茎は紙作り以外に,繊維から布地を作ったり,また茎をたくさん束ねて,ちょうどチチカカ湖のトトラ・ボートのような小舟を作った。
パピルスは美しい姿をしているため,それに類似した形のシュロガヤツリ C. alternifolius L.(カラカサガヤツリ),C. diffusus Vahl や,より小型のカヤツリグサ類のオオミズハナビ C. pulcherPoir.,ヒメカミガヤツリ C. prolifer Lam. などは,園芸家のいわゆるシペラス類として,温室内の観賞植物になっている。第2次大戦後,沖縄に帰化したメリケンガヤツリ C. evagrostis Vahl は熱帯アメリカ産のパピルスに似た大型カヤツリグサである。
小山 鉄夫
[象徴,伝承]紙の原料であるパピルスは英知の象徴であり,古代エジプトでは大気の神アメンの標章であった。これが茂るナイル下流地域では,ワニの危害を防ぐ力があると信じられ,イシスは殺された夫オシリスを探してナイル川にこぎ出たとき,パピルスの舟を使ったので,ワニに襲われなかったという。この信仰は聖書伝説にも持ちこまれ,幼いモーセがパピルスの籠に入れられて護られたという話(《出エジプト記》2:3)にもなっている。なお,パピルスの形を模した石柱は〈パピルス柱〉と呼ばれ,エジプトの神殿にしばしば用いられている。また紙を意味する英語 paper,フランス語 papier などは,このパピルスに由来する。
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