朝日新聞 天声人語から 2件
(出所)asahi.com(朝日新聞社):天声人語 2009年10月12日(月)
asahi.com(朝日新聞社):天声人語2009年10月18日(日)
◎2009年10月18日(日)付
ご近所を歩くと、回収待ちの古新聞を戸口で見かける。弊紙であればもちろん、他紙でもお宅に一礼する癖がついた。無料の情報があふれる時代、新聞代を払ってくださる読者は社を超えて大切にしたい
▼感謝の念はおのずと新聞を配る人にも向かう。日本の新聞の95%は戸別配達されている。「新聞配達の日」のきょうは、日本新聞協会が募ったエッセーから紹介したい
▼北海道苫小牧市の亀尾優希さん(9)は、母の新聞配りを手伝う。貧血気味のお母さんは団地の3階まで、娘は4階と5階。「家に帰ったら、お父さんのおべんとうにいれるたまごやきを作ります。こうして、わたしの一日ははじまります」。小さな働き者を真ん中に、固く結ばれた家族が浮かんでくる
▼「インターネットでは得られない情報が、伝える人と届ける人の誠意の集大成として新聞になる」。そう書いてくれたのは、東京都文京区の岩間優(ゆう)さん(14)だ。足の悪いお年寄りが新聞を心待ちにしていると知り、単なる「記事の集まり」を超えたぬくもりを感じたという
▼人の手で運ぶ新聞が温かいのは自然なことかもしれない。今年の新聞配達の代表標語も〈宅配で届くぬくもり活字の重み〉である。凍える朝でも嵐の夕でもいい。情報の重い束を運ぶ42万人に思いをはせたい
▼新聞社はネットでも発信しているが、そこで再会するわが文は心なしか「誠意」を割り引かれている。特にコラムの場合、体裁の違いはそれほど大きい。どうか小欄は、ぬくもりを添えてお届けする「縦書き」でお読み下さい。
◎2009年10月12日(日)付
読者からいただく封書に、筆でしたためたものがある。広げつつ墨跡を追えば、ご用件にかかわらず背筋が伸びる。いわば正装の来客。寝ころんで接するわけにはいかない。和紙には、触れる者の居ずまいを正す力が宿るらしい
▼東京・王子の紙の博物館で、企画展「手漉(す)き和紙の今」を見た(11月29日まで)。人間国宝3氏の作も端正ながら、いろんな原料と技法で伝わる郷土紙がいい。和紙とひとくくりにするのがためらわれる彩りだ
▼展示の紙々は、近く発刊される「和紙總鑑(そうかん)」12巻の一部という。京都などの有志が、10年がかりで各地の1070点を集め、和英の解説を付した見本帳である。来春にも800部が市販される。
▼一説によると来年は、紙すきの技が大陸から伝わって1400年にあたる。以来、和紙は書画の世界ばかりか、住まいにもなじんだ。戸外の光や音、寒暑を、通すでもなく遮るでもない。障子が持つあいまいさ、しなやかさこそ、自然との「和の間合い」だろう▼古川柳に〈薄墨の竹を障子に月がかき〉がある。おそらくは美濃紙(みのがみ)の、薄いカンバスに揺れる竹林の淡影。素材として、また媒体として日本文化を担ってきた和紙の見せどころである。洋紙の世にあって、なお千種を超す紙が全国に息づくのもうなずける▼博物館で、はがきの手作りを体験した。もみじを3枚すき込み、透かしを入れ、郵便番号の赤枠をスタンプで押したら、素人の戯れとは思えぬ一葉に仕上がった。この見ばえも和紙のマジックであろう。いつか礼状に使わせてもらう。
(2009年10月18日)