測定機器類の用例Ⅱ
またトラブルやクレーム以外に、外部から印刷物の評価や使われた用紙の試験、分析などを依頼されることがある。そのようなときに本社・営業支社などに備えた試験機器で測定、対応した例を次に示す。
用例6.紙銘柄の判定手順
数年前のことです。某大手印刷会社から「印刷仕上がりが良いのでこの用紙を使用したい。この用紙はどこのメーカーの紙か調べてほしい」と依頼があった。
こういう調査依頼の例は多いが、紙を同定することはなかなか難しい。しかし、上記のような依頼で、もし当社品と分かり、その結果、使用され拡販に結びつけばこの上もない。
表2に紙銘柄の判定手順を示す。一般的に紙銘柄を鑑定し同定することは時間が掛かるし、なかなか難しいが、ここでは工場ないし研究所の手を煩わさないで、本社・営業支社(所)内であまり機器を使わないで簡便的に紙銘柄を判定する手順(表2のうち手順Ⅱまで)について概記する。本社・営業支社(所)で判定できれば、時間的にも早い対応で依頼者から喜ばれることが多い。
ただし、あくまでも簡便法であって、限界があり、困難な場合には分担もし、最終的には工場ないし研究所の専門機器による鑑定をした方がよい。
手順 | 項目 | 説明 |
---|---|---|
(サンプル) | 銘柄不明の未知試料 | サンプルは白紙部が大きいほどよい |
手順Ⅰ | 銘柄既知の試料収集 | 未知試料と同一品種グレードの自社、他社の白紙(無ければ印刷物でも可)を収集 |
手順Ⅱ | 紙質試験、分析の実施
[主な項目]
など |
[注]場合によっては、工場ないし研究所に依頼
|
手順Ⅲ |
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上記で不明な場合や詳細な分析が必要な場合は工場ないし研究所に依頼…手順Ⅱ(紙質試験、分析)も実施
手順Ⅱの結果から選定。判定しにくい場合は更に別の試料を収集し試験をする。かつ駄目押し確認試験も実施 |
手順Ⅳ | 未知試料の同定…銘柄決定 |
以下手順に沿って述べます。
冒頭の印刷会社から依頼された印刷見本はマット系(ダル含む)の塗工紙であり、まず米坪・紙厚(緊度)の測定、肉眼およびルーペによる表面観察、視感白さや、蛍光検知器(ブラックライト…右写真9)による蛍光強さ程度と蛍光パターン(模様)などを評価する。
そして集めた塗工紙メーカーA社、B社、C社等の紙製品見本帳から依頼品(印刷見本)と同じか類似の米坪・紙厚(緊度)のマット系(ダル含む)塗工紙を選び、依頼品と比較しながら同様の試験・分析、評価する。
こうして10数種類ある各社銘柄の中から、候補4種類(A社・W銘柄、B社・X銘柄、C社・Y銘柄、当社・Z銘柄)に絞り込む。ここまででだいたい絞り込まれ、ほぼ特定は完了したことになる。
さらに次の確認試験を実施。pH液塗布により表面pHを比較して未知サンプル(調査依頼印刷見本)は当社のZ銘柄と推定できたが、駄目押しとして、紙をライターの火で軽くあぶった後、pH液を加熱部と非加熱部に塗布し表面pHを比較。Z銘柄の加熱部のpHは変化し、非加熱部よりも高くなった。一方、未知サンプルも同様であった。これにより未知サンプルは当社のZ銘柄と同定。なお、他銘柄は加熱によるpH変化なし。
注
加熱による紙面のpH変化は、塗料の中に含まれている顔料(サチンホワイト)の中の結晶水が紙を加熱することによって出てきて、アルカリ性が強くなり、紙面pHが変化したもの。
この結果を印刷会社に報告。もちろん、当社のZ銘柄を採用していただいたのはいうまでもない。
用例7.ニセ1万円札事件
お札の歴史は偽札との戦いであると言われる。筆者も大阪で勤務していたときに「偽札事件」に遭遇したことがある。
旧聞になったが、ここで述べるのは1993(平成5)年に関西地区で発生した「和D-53号」事件のことである。
同年4月中旬、関西地区で主として両替機を狙い、その識別装置をパスするように造られた精巧なニセ1万円札(506枚)が出回り、「和D-53号」事件と名づけられた。
大阪府警から来社され、ニセ1万円札の用紙は当社上質紙の「S銘柄」でないかと特定を求められた。本来ならば本社(東京)を通し当社の研究所で対処するほうが筋であったが、急いでいるとのことなので、当支社内で対応することになった。
ニセ札を見るのは初めてで、、もちろん、触るのも持つのも初めて。素手では触れられないので府警持参の白い手袋を借りてニセ札を持った。
早速、社内にある機器を使い観察、計測した[使用機器…ルーペ、蛍光検知器、携帯用計量はかり、紙厚計、スケール(物さし)など]。(右写真10.直尺(金属製)と巻き尺㊦)
ニセ札の印刷は、色数は4色(墨・藍・赤・黄)でインキの盛り上がりがなく、濃淡が細かい網点で表わされている ことから、平版オフセット印刷機で多色印刷されている。より本物に似せて出来ているが、ニセ札はよく見ると全体にやや赤みで、透かしも曖昧。しかも左下にある識別マーク(○2個)は白く、蛍光染料に起因する発色を示した(真券(本物の1万円紙幣)には、蛍光染料は入っていなく、検知器では白く発色しない)。
注
識別マークは、「すかし」になっていましたが、これに代えて2004年11月1日発行の新札からは、もっと深みのある「深凹版印刷」によるマークが導入されました。
ニセ札には上質紙が使用されているが、米坪、紙厚などの試験結果から、S銘柄の規格品はもちろん、特注品にも当該する米坪、紙厚[米坪約 70~72 g/m2、紙厚90μ]のものがないことから、当社品とは違う旨を府警に報告。
(なお、ニセ札を汚すことになるので出来なかったが、酸性紙か中性紙の判定も決め手の1つになるので、試薬を少し塗るなどして確認されたらいかがですかとの話もし、pH測定ペン・中性紙チェックペンを差し上げた。右写真11.紙面pH測定塗布液、左写真12.pH測定ペン、中性紙チェックペンとpH測定試薬㊦)
当初、先走った数社のテレビ、新聞が、ニセ札に使用された用紙は当社の銘柄「S」であるとの報道だったが、その後の警察庁科学警察研究所の鑑定から最終的には、捜査本部は「ニセ札に用いられた紙は、M社のPPC用紙」であると特定し、当社の銘柄「S」でないと結論付けられた。
なお、大阪府警がわざわざ持参され、入手した科学警察研究所のニセ札の用紙分析鑑定結果では、米坪は70~72 g/m2、紙厚90μで、パルプ用材は広葉樹のみを使用しており、填料は炭酸カルシウム主体(中性紙)の上質紙で蛍光染料を配合。また、両替機の識別装置をパスするように磁気インキが使われているとのことであった。このような結論を得て、ホッとしたものでした。
参考までに「紙の基礎講座(5)資料 偽札判定用グッズ…偽札をつかまされないために!!」を載せました。これも道具の威力です。クリックしてご覧ください。
今まで述べましたが、顧客(市場)の近くに試験・分析できる簡便な道具、機器類があるかないかでは大きな違いが出てきます。是非、身近に備え付けておきたいものです。有ればかなりの対応ができ、迅速に顧客に対してその場で、しかも目の前で対応できますので大きな信頼を得ることになります。また、当該品の生産工場に対しても迅速に、しかも状況や情報などが把握しやすいように適切に対応することができるようになります。
重要な初期対応を円滑に、かつ早く問題解決の糸口にするために、まず測定・試験用の機器類を備えることです。そして使えるように日頃から訓練しておき、さらに自らおよび関係者すべてが、より満足できるように積極的に活用することです。
なお、もちろんのこと詳細な調査分析が必要な場合には、工場や研究所に依頼することは言うまでもありません。
(2006年8月1日見直し・再録)