トラブル対応、その前に(4)…知っておきたい紙の基本品質Ⅲ
前回の続きです。
酸性紙・中性紙について
かつて「百年後、本はボロボロ」とか、「古書・文献が消える」「貴重な古書が消えていく」、さらに「紙の崩壊」などと、ショッキングな見出しで新聞紙上に大きく取り上げられました。このボロボロになるのが酸性紙で、その対応として「永く残る本を」などと中性紙が脚光を浴びました。1982(昭和57)年ころのことで、今から25年ほど前になります。それは洋紙が明治時代に欧米から日本に伝わり、製造され、普及するようになって、ちょうど100年くらいの年月が経っている時期になります。
これを契機にわが国でも、文書類の保存性や紙の寿命への関心が高まり、書籍・筆記などに用いる印刷用紙(上質紙や塗工紙など)を中心に中性紙への転換が進んできました。
ここでは酸性紙・中性紙について触れますが、その前に、まず日頃よく見聞きする酸性・中性・アルカリ性について説明しておきます。
酸性、中性、アルカリ性とは
古くから酸(す)っぱいものを酸と言っているようですが、「acid」(酸)という語は「酸っぱい」を意味するラテン語 acidus を語源としています。日常でその代表的なものが酢(食酢)と梅です。酢は酢酸(さくさん)を含む液体酸性調味料。さらに梅、特に食塩を溶かしこんだ梅酢(うめず)は、きわめて酸味が強く、思うだけでも口の中が酸っぱくなりますね。その酸味の主体はクエン酸やリンゴ酸によるものですが、クエン酸はレモンやミカンなどのかんきつ(柑橘)類の果実中に、またリンゴ酸はその名のとおり、リンゴやブドウなどに含まれている酸味成分です。
話が少し脱線しましたが、このように物質の性質を化学的に言いますと、物質は酸性かアルカリ性(塩基性)か、その中間にある中性の状態にあります。そして水溶液の中では、水素イオン(H+)[オキソニウムイオン H3O+]と水酸化物イオン( OH-)を出して存在しています。この状態で水素イオン(H+)をより多く出すものを酸といい、水酸化物イオン( OH-)をより多く出すものをアルカリ(塩基)と言います。
もう少し言いますと、水溶液中に存在する水素イオン(H+)と水酸化物イオン( OH-)の濃度の積、すなわちイオン積、[H+][OH-]は10-14で一定の値となります。そして水素イオン濃度が水酸化物イオン濃度より大きいときに酸性となります。逆に、水酸化物イオン濃度が水素イオン濃度より大きいときがアルカリ性です。言い換えれば、酸性の水溶液中には水素イオン(H+)がより多く存在し、アルカリ性の水溶液には水酸化物イオン(OH-)がより多く存在します。そして水素イオンと水酸化物イオンとが同量ならば中性となります。
ところで、pHという記号をよくご存知だと思いますが、この酸性とか、中性、アルカリ性の状態・程度を数値で表現するのがpHです。
これはペーハーないしピーエイチ(ピーエッチ)と呼びますが、この記号pHは累乗(べきに同じ)の英語power の頭文字pと水素(hydrogen)のHからきており、語源はpondus Hydrogenii(ラテン語)です。
そしてpHは、pH=-log10[H+]と定義付けされ、水素イオン指数のことです。ここに[H+]は水素イオンのモル濃度(mol/㍑)ですが、水素イオン濃度の常用対数に負号をつけた値がpHです。すなわち、水素イオン濃度指数の逆数の常用対数のことです。
少し難しくなりましたが、もっと分かりやすく言えば、pHは酸性または中性、アルカリ性の強さを数値で、0から14の範囲で表現されます。
そして先のイオン積[H+][OH-]=10-14ですので、水素イオン濃度[H+]が10-7より大きいときは酸性、同じときが中性、小さいときがアルカリ性となります。これをpHを使って表しますと、定義pH=-log10[H+]から、pH<7であるときが酸性、pH=7が中性で、pH>7であるときがアルカリ性となります。
すなわち中間の7が中性で、これを中心に0までが酸性で、7より小さいほど酸性の程度が強くなります。また、14までがアルカリ性で、7より大きいほどアルカリ性の程度が強くなります。
なお、水のイオン積は温度によって異なります。25℃の純水のpHは7で中性ですが、0℃では7.5が、また60℃では6.5が中性となります。ちなみに、人の血液の酸性度(pHで表示)は常に一定に保たれていて、健康人では弱アルカリ性(ほぼ中性)のpH7.4です。これは中性紙を製造するときの原料(紙料)と同じくらいのpHに相当します。中性紙を抄くときのpHは、人の血液のpHと同じくらいであると憶えておいてください。
それでは、ここで酸性・中性・アルカリ性についてまとめておきます。
項目 | 酸性 | 中性 | アルカリ性(塩基性) |
---|---|---|---|
水素イオン指数 (pH) |
0≦pH<7
pHが7より小さく0か、それより大 (数値が小さいほど強酸) |
pH=7 |
7<pH≦14 pHが7より大きく14か、それより小 (数値が大きいほど強アルカリ) |
リトマス呈色 | 青色リトマス紙を赤色に変化 | - | 赤色リトマス紙を青色に変化 |
注
リトマス…リトマスゴケ(苔)、その他の地衣類より採取する紫色色素のひとつ。主成分はアゾリトミンという弱酸性の黒褐色粉末。塩基を加えれば青色となり、酸を加えれば赤色となります。リトマスの水溶液に浸し染めたリトマス試験紙を用いて塩基性(アルカリ性)か酸性かの判定に使います(広辞苑)。