紙の基礎講座(16-2) 印刷トラブルの全体を知るⅡ ピッキングないし白抜けとは

ピッキングないし白抜けとは

表1の調査ポイント欄にある内容は、調査すべき急所(こつ・勘所)、ポイントとなるものです。なぜそれが急所、ポイントなのかを会得していただくために、次にピッキングと白抜けトラブルを例にして、その基本、発生の原理・原則や特徴などに触れ、理解を深めます。

ピッキング(picking)は、紙むけ、ないし単にピックともいいます。印刷時に紙表面が変形・剥離する現象で、インキが転移する過程で起こる紙表面層の障害であり、この障害は紙の繊維または塗膜層の毛羽立ち、剥離、膨れ、ないし完全な破壊かのいずれかの形をとります。このようなピッキング現象は、インキの粘着力が紙の表面強度より強いときに起こります。また、紙の表面強度は印圧によるインキと湿し水の浸透で低下するため、多色刷りの場合、多くは後胴で起こりやすくなります。従って、要因としてはインキの粘着力が大きすぎるか、湿し水量過多や、紙の表面強度が不足しているか、塗工紙の場合には、塗膜層の接着不良などがあります。さらに紙の表裏では、表面強度は一般的に原紙灰分やベッセル(道管)の多い表面(オモテ面=反ワイヤー面)のほうが弱くなり、剥けやすくなります。

なお、インキの粘着力が低く、湿し水を使わない凸版、グラビア(凹版)の印刷方式では紙むけトラブルが発生することはありますが、非常にまれです。これに対して、ピッキングはオフセット印刷で主に問題化します。それはオフセット印刷では、湿し水を使用すること、また、使用インキのタック(粘着性)が高く、かつ、ブランケットと圧胴とのニップ(2本の円筒ロールの接触面)出口において強い力が働き、紙表面を引っ張るため、紙に大きな負荷がかかることなどが、その理由です。従って、印刷機上のタックによって紙面を引っ張る力が、紙の持つ表面強度より大きいときに紙むけが発生します。

この他にもピッキングの発生要因として、インキ量、印刷速度、印圧、温度・湿度などがあります。例えば、印刷が高速となるにつれてインキタックが増加しますので、印刷速度が速いほどピッキングが発生しやすいことになります。

また、ピッキングは、印刷時に湿し水が関与するか否かによって、ウェットピックとかドライピックと呼ばれ、分類されています。ウェットピックは、印刷時に水の存在下で発生するピッキングのことで、印刷の直前にシート表面を湿らせることにより、表面強さが劣化するために生ずるものです。逆にドライピックは水が関与しないため紙の耐水性とは関係なく、インキのタックによって紙表面が引っ張られ、剥けるピッキングをいいます。従って、水なし平版印刷で発生するピッキングはドライピックに属します。

そして万が一、ピッキングトラブルが発生したときには、原因究明しながら、応急的にインキの低タック化(インキにワックスコンパウンドやワニスの添加、軟調インキ銘柄への変更等)、湿し水量減少、印刷速度ダウンや、用紙の変更などが行われます。

さらに温度が低いときにも、インキタックが増加しますのでピッキングが発生しやすくなりますが、気温の下がる特に冬期、しかも朝の印刷始めにトラブルが起こりやすいのはこのせいです。このときにはインキや紙、室などを事前に暖め、印刷機の暖気運転を行なってから印刷を始めるとよいでしょう。

 

  • ワックスコンパウンド…コンパウンドとは、印刷適性を改善する目的でインキに混合するペースト状添加物を総称していいます。用途によりワックスコンパウンド、裏移り防止コンパウンド、ノンスクラッチ(耐摩擦性)コンパウンド、グロス(光沢)コンパウンドなどがありますが、ワックスコンパウンドは、種々のロウ(ワックス)・石鹸・グリース・油などからできており、インキの腰切りとして用いられます。なお、腰切りとは、インキの粘りを落とし、軟らかくして刷りやすくするために加える物質のことで、レジューサともいいますが、アマニ油ワニスやコンパウンドなどがあります。
  • ワニス (varnish)…印刷インキのビヒクルとして用いられる樹脂溶液や、主としてアマニ油・キリ油などの植物油を処理して適度の粘度としたものを総称していいます。その粘度により号数で呼び、わが国では、印刷ワニス(リソワニス)は粘度の大きいものから順に1号・2号……8号で、1号よりさらに大きいものを号外ワニスと呼びます。また、粘度の一番低いものを00ワニスといいます。

 

(1)白抜けの形状…ヒッキーとスポット

なお、ピッキング以外に画線部が白抜けになることがあります。それは紙粉やインキ粕などの異物の混入、付着です。そして結果として、印刷部はインキが欠落して白抜け状態になります。一般的な白抜けの形状やその中の状態は、白抜けのもととなる異物の形状や、異物が親水性か、親油性か、ある程度の厚みを持っているか、何色目で剥けたかなどによって違いを生じます。また、剥けた深さによっても変わります。すなわち、剥離された部分の深さが深く、後胴のインキが紙に達しなければ、インキは付かず、紙の色が見え、白く、いわゆる白抜け状態になります。一方、浅くてインキが達すれば、後胴のインキが付くため完全な白抜けでなく、欠落した後胴の網点色となります。しかし、このときも白抜けトラブルといいます。

ところで上記表1中のトラブルの種類で、ベッセルピックなどは後で出てきますので、ヒッキーについて触れておきます。

印刷物の画線部に発生する白抜けは、その形状からヒッキー(hickey)ないしスポット(spot)に分けられます。ヒッキーの本来の意味は、「凄いキスマーク」のことで、噛んだり吸ったりして皮膚にできた赤い斑紋であるあざ(痣)のこと表します。似てはいますが、印刷ではドーナツ状の白抜け斑点のことをいいます。

ヒッキーは、版またはブランケット表面の画線部に、固形の異物が付着して凸状の部分ができることにより、その周辺のインキの付きが妨げられて印刷面がドーナツ形に環状の白抜けとなる現象です。通常、版面に異物(インキの乾燥被膜が混入したインキ粕や紙粉、水棒モルトンの繊維など)が付き、その表面がインキを受け付けやすく、すなわち親油性になり、ある程度以上の厚みを持っているときに発生しやすくなります。ある印圧のもとでも厚みが残り、紙面よりも異物の高い部分にインキが付き、その周りにはインキが付かず、白く、ドーナツ状になるわけです。そして付着する異物が厚くなるほどリング状の輪の幅が大きくなります。

一方、スポットとは、不定形で全体が白抜けの斑点のことをいいます。スポットは水を受理しやすい物質、すなわちパルプ繊維などの親水性で、比較的、インキを受け付けない物質によって発生しやくなります。また前述のように、剥けの深さが深く、インキが紙に達しないときにもスポット状になります。さらに、後で図1にピッキング・白抜けの形状によるトラブルの見分け方を示しますが、この中の極小丸形の白抜けは、用紙表面の凹みに起因するもので、ピンホールとかピットといわれますが、凹みの部分にインキがとどかず、白くスポット状になるものです。このときは版やブランケット上の異物によるスポットのように、印刷物の同じ位置に連続して発生することはなく、場所は1枚ごとに違います。

 

(2)ピッキングと白抜けの主な種類

次にピッキングや白抜けの主な種類について表2に示します。

表2.ピッキングとその他の白抜け
種類現象
ベッセルピック 広葉樹特有のベッセル細胞(道管)の繊維むけに起因する表面強度トラブルで、道管むけ(道管ピック、vessel pick)ともいう。形は矩形状で、その特徴のある白抜けの形状から判別が可能。
リンティング 非塗工紙の表面から細かい繊維状物質が取られる現象(linting、fluffing)。
ダスティング 紙の表面から粉状(填料・顔料)物質が取られる微細な剥け現象(dusting)。クレー落ちとか、フィラー(filler)ピックともいう。
ファイバーピック 非塗工紙の単繊維または繊維束が剥離して剥けるか、剥離しないで持ち上がった状態をいう(fiber pick)。毛羽立ち、ファジング(fuzzing)ともいう。
リフト 紙層が局部的に、持ち上がるように細かく、ふくれる現象(lift)。
ブリスターピック 紙層内部が局部的に、薄層に裂け、円ないし楕円状にふくれる現象(blister pick)。ふくれ状紙むけとか、ボディピックともいわれる。リフトよりふくれ状が大きい。
ラプチャーピック 裂け状紙むけともいい、紙表面が広範囲に、連続的に剥ける現象(rupture pick)。紙層の内部結合に起因するもので、紙層の分離あるいは層間剥離によって発生し、スプリット現象とか、場合によっては、剥け部分が丸まっている ことがあることから、くるくる剥けとか呼ぶこともある。
コーティングカラーピック 塗工紙(コーティング紙)の塗工層部分のピッキング現象のことで、コーティング粒子または細片が剥離して剥ける状態をいう(coating color pick)。塗料むけとかスケール(極小薄片の塊)ピックということがある。また、塗料(カラー)の塊[カラースケール、カラーランプ(塗料の固くてある 大きさの塊)などという]が固着し、それが印刷時に取られ白抜けとなるトラブルもこの中に含まれる。大きさおよび形状は不定で、スポット状の白抜けになる ことが多いが、ヒッキー状を示す場合もある。
パイリング パイリング(piling、ケーキングともいう)とは、もともとインキがブランケット、版、ローラーなどに異常にたまる現象をいう印刷用語である。しか し、現在はもっと広義に、インキ中の顔料や紙の填料、紙粉、塗膜等が版やブランケットの表面上に、印刷効果に影響を与える程度まで堆積(パイル)する現象 に使われる。
紙粉 紙粉は、紙をカッターあるいはギロチンなどで断裁するときの切り口不良等により発生し、繊維・填料・塗膜などが紙と遊離した状態と、紙に弱く結合した場合 とがあり、前者をダスト、後者をリントと呼ぶことがある。また、紙の切り口に付着したり、紙面上に載った状態になっており、非常に取れやすく、印刷時に は、一般的に1胴目で取れ、印刷面に白抜け状を呈する。形状は繊維状か、不定形となるが、発生状況や紙の切り口を確認することによって、比較的要因がつか みやすい。なお、ギロチン断裁に比べて、カッターの切り口の方が悪く、さらにカッターナイフ側とスリッターナイフ側とでは、前者の方が劣る傾向にある。

 

ここでパイリングについて、もう少し補足しておきます。パイリングは、印刷初めにはあまり目立ちませんが、印刷が進行するにつれて版やブランケット上にインキや紙の繊維、填料、塗料などが堆積していき、ある程度、堆積が進むと以後は急速に悪化し、印刷(画線部)を阻害します。そのため徴候が現れたら、直ちにブランケットや版上の堆積物を洗浄、除去する必要があります。

現状では、程度の差こそあれ印刷の進行によるブランケットなどへの堆積は避けられなく、ブランケットなどの洗浄は止むを得ず、その程度が問題です。パイリングの程度が軽ければ問題はありませんが、それが多いと画線部のインキの付きが悪化(転移不良)し、印刷効果に影響を与えます。洗浄の頻度が多過ぎ、あるいは他の紙と比較して程度が劣ると問題となり苦情となります。また、ひどい場合には、堆積した顔料(クレー等)により版を摩耗したりしてトラブルが大きくなることもあります。

ところで、印刷物を見ただけでは必ずしもパイリングトラブルであると即断できないことが多いので、ブランケット洗浄後の印刷状況、すなわち印刷の進行とともに程度が悪化していくのか、ブランケットなどへの堆積物の有無とその程度などを加味して判断する必要があります。

なお、堆積が生じると白く汚れますが、その場所によって、ブラン(ブランケット)残り・版残り、ローラー残りなどと呼ばれます。この堆積物を分析することによってインキか紙の成分なのか特定でき、原因究明の決め手になりますので、トラブルが発生したときには堆積物を採取することが重要となります。

またパイリング現象は、紙表面の耐水性が不足しているときに起こりやすいため、一般的に湿し水を使用するオフセット多色機で発生しやすいトラブルです。絵柄にもよりますが、普通、第1胴目よりも2色目以降の後胴ほど起こりやすくなります。しかも、パイリングは印刷進行方向のベタ部の縁部分、それも後端部(いわゆるくわえ尻側)に沿って発生する場合が多く、これをエッジパイリング(エッジピック)といいます。これは特に、画線部の後端(くわえ尻側)が印刷後、ブランケットを離れるときに強い力を受け、表面がとられやすくなるために起こるためです。

その他パイリングの発生には、印刷インキの高タック、練肉不良、水負けや湿し水過多、ブランケットの材質、印刷速度、印刷機の調整、用紙の紙粉、耐水性不良など多くの要因があります。また、先刷りに使用した裏移り防止用のスプレーパウダーがブランケットへ堆積し、トラブルになることがありますが、このときの処置はパウダー散布量を減らすことです。そして万一、パイリングトラブルが発生したときの対応は、上記のピッキングと同じような措置が行なわれますのでご参照ください。

 

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更新日時:(吉田印刷所)

公開日時:(吉田印刷所)