トラブル対応、いよいよ本番です
今回でこのシリーズ最終です。あの人はベテランだからミスは起こさないとか、しっかりした機械、設備だから損傷などによる事故は起きないと思っていませんか。そしてトラブル、クレームは発生しないものと考えていませんか。そのため突然起きたトラブル・クレームにどうしたらよいのか迷ったことはありませんか。起きたトラブル・クレームへの対応は、まず、このような認識の甘さをなくすことです。そして迅速で的確な最初の対応、処理が決め手となりますので、準備をして素早く実行に移すことです。この辺りをおさらいし、来る本番に備えます。
トラブルは発生しない?
「こんなトラブルは予想もしなかった」と釈明している場面をテレビや新聞報道などで見かけます。この背景には、「ミスやトラブルは起きないもの」との考えがあるのではないでしょうか。本当にミスやトラブルは発生しないでしょうか。
教訓…油断、初期対応のまずさ
日常生活の中で事件・事故やトラブルが多く発生しています。特に、生活用製品での事故が多発していたことから、昨(06)年11月に「紙への道」コラム(59) 紙と安全性をまとめましたが、相変わらず全国各地でいろんな事故・トラブルが起き、「安全・安心」を脅かしています。
紙および紙製品は、私たちの日常生活で身近に多く使用されていますが、品質上のトラブルやクレームが発生することがありますが、人を損傷したり、危害を与えたりするような安全上の事故を起こすことはまれなことです。いや、皆無に等しいといってもよいのかもしれません。しかし、油断大敵です。ここでは他山の石として、事件・事故・トラブルの事例を紹介し、教訓にしたいと思います。なお、事例(1)は最近発生したものですが、今回追加しました。
(1)東京都温泉施設の爆発死傷事故
今(2007)年6月19日、東京都渋谷区の女性専用温泉施設「渋谷松濤温泉シエスパ」で爆発事故が起き、女性従業員3人が死亡、3人が負傷するという惨事となりました。原因はまだ、特定されていませんが、温泉から発生した天然ガスになんらかの理由で引火したものと考えられています。
東京消防庁は19日午後の事故直後、爆発が起きた事故現場である従業員施設の地下部分で空気を採取して調べた結果、一酸化炭素(CO)が検出されており、その濃度が3%だったことを確認し、公表しています。これは通常の数千倍程度の濃度ということですが、一般的に高濃度のCOは天然ガスの主成分のメタンが高い濃度で爆発したときに発生するために、当時、高濃度のメタンが施設内に充満していたとの指摘が出ており、これが事故原因とされているわけです。
なお、同施設を管理・運営する宮田春美社長(39)と木村由美子支配人(50)が事故当夜、記者会見し、爆発に至った経緯について宮田社長は、「安全管理上問題なかった」と繰り返していたと言うことです。また、爆発の原因となったとみられる天然ガスと温泉水を分離する機器の管理状況について問われると、「機器の点検は外部の業者に委託している」と繰り返し、具体的な設備点検について把握していなかったとの伝えられています。
原因調査の過程で「ガス検知器」は設置されていなかったことが明らかになりましたが、同施設のトップが、「安全管理上問題なかった」と弁明しており、矛盾しています。「ガス検知器」が設置されていないことは「安全管理上の大問題」ではないでょうか。認識の甘さが感じられます。
ましてや、温泉施設が開業する前に温泉ガスの調査をした地質調査会社が、2回にわたって天然ガス濃度を測定して、ガスを検出し、運営グループ会社の一つ「ユニマット不動産」(施設の建築主)に文書で天然ガスが爆発する危険性を指摘して、十分な換気と監視を行うよう求めていたとのことです。これを受け、「ユニマット不動産」は当時、周辺の住民に「実際の運営にあたりましても、ガス検知器によるチェックを欠かさず行い、安全確認に努めます」という説明書を配っていたということです。
しかし、現場となった地下機械室には「ガス検知器」は設置されておらず、ガス濃度の検査は、開業以来一度も行われていませんでした。それが守られていなかったのです。
通常、生産したり、操業するときには安定的に品質が得られているのか、チェックするために定期的な検査が行う必要があります。温泉経営の場合も安定的に温泉を供給し、操業するために発生するであろう「天然ガス」のチェック、検査が必要であると思います。しかし、そのチェックをし、監視をする「ガス検知器」が設置されていなかったわけです。また、換気をする「換気扇」が十分であったか、さらに施設などの日常の安全チェックとその記録などがあったのかどうかも不明です。同経営者の記者会見の応対から判断すれば、これらの安全管理・危機管理が十分に行われていなかったのではないかと思われます。
人びとに「癒やしの安全・安心」を与えるべき温泉施設のはずが、一瞬にして周辺も巻き込む大きな爆発とともに炎が上がり6人が死傷し、まるで戦場と化しました。ただ営業して、儲ければよいと考えるだけでは商売とはいえません。事故を起こす、このような経営者が「お金がかかり無駄だ」と考えがちなチェック、検査機能を取り入れ、確実に実行して「安全・安心」(品質も含む)を重要で必須のサービスとして織り込んだものでなくては真の商売とはいえないと考えます。
(2)韓国地下鉄放火事件
これは4年前に発生した韓国の地下鉄放火事件です。地下鉄の車両内で、前途を悲観し、自殺しようとした男(56歳)が引火性の液体(ガソリン)をまき、ライターで放火。対向電車も巻き添えにし、列車2本の計12両が燃え、約340人の死傷者[死者196名、負傷者147名]が出るという大惨事になった事件で、韓国・大邱(テグ)市の地下鉄で2003年2月18日の朝に発生しました。
この事件の問題点は、死傷者の約9割の多くが、放火のあった電車よりも、その後に駅に到着した対向電車の乗客であったということです。このことは初期の応急対応が適切でなかったことを物語っています。その後の調べで、主に次の指摘がされています。
- 火災発生のモニターを見落したこと…構内に設置されたカメラは、火だるまになった男性が車両から出てきて猛煙が立ちこめる映像をはっきりとらえていました。そして運行指令室や駅のモニターに煙を上げる車両が約1分半にわたって映ったにもかかわらず、モニターを監視すべき総合指令室の職員3人と駅務員1人の全員がこの場面を見逃したといいます。
- 「火災発生」の警報機は正常に作動しましたが、これを無視したこと…機械設備課職員2人は、警察に「警報機はいつも誤作動ばかりで、この日も無視した」と供述しているとのことで、火災警報ベルが鳴っていたにもかかわらず、誤報だろうと放置してしまいました。この①②により火災に気がついたときには大きくなり、慌てて正常な判断・行動が出来なくなり、③以下の初期対応を遅らせる結果となり、大惨事になってしまいました。
- 初期消火活動がほとんど行われなかったこと
- また、乗客の避難誘導を怠ったこと
- 構内(車両)で火災が発生している最中に、対向電車を駅に入れて停止、しかも火災車両のわずか1.3メートル横に停車したこと。(危険を避けるために、対向電車を通過または、すぐに発車させなかったこと)
- 対向電車の運転手はドアを開閉するマスターキーを持って逃げ出したこと
対向電車の運転手は、停車と同時に全ドアを開けるが、「煙が入る」としてすぐに閉止。さらに運転手は、その時何が起きているのか分からなく、自らパニック状態になり、司令室の指示にも理解できなかったといいます。しかも運転手は、電車のキーを抜いて自分だけ逃げ出してしまいました。運転士は調べに対し、「キーを抜けばドアが閉まることは知っていたが、乗客らはすでに避難したと判断して抜いた」と話しているといいますが、車両に取り残された乗客は、燃え移ってきた炎や煙に巻き込まれ被害が拡大してしまいます。
そして8月6日の判決公判で、放火犯人には現存電車放火致死罪などを適用し無期懲役を、また、乗客への避難誘導を怠ったり対向車両をホームに進入させたり、不適切な対応が被害を拡大させたとして業務上過失致死傷罪で指令担当者ら6人には、禁固4年~1年6カ月(一部執行猶予つき)、運転士2人に対しては、それぞれ禁固5年と4年の有罪を言い渡しがありました(なお、実行犯に死刑を求刑していた検察側は控訴の方針とのこと)。
(3)雪印乳業の集団食中毒事件
2000年ごろのこと、わが国でも三菱自動車のリコール隠し、医療ミスなどのモラルハザード(倫理欠如)が指摘される事件、トラブルが多く発生しました。例えば、死者1人を含む1万3千人以上もの空前の患者を出した雪印乳業株式会社の集団食中毒事件はそのひとつですが、2000年6月27日、同社大阪工場で製造された低脂肪乳などを飲んだ消費者から最初の苦情が寄せられました。
直接の原因は、北海道の同社大樹工場で作られた原料の脱脂粉乳に、工場停電の影響で黄色ブドウ球菌の毒素が混入。その汚染された脱脂粉乳を廃棄せず、再利用するなどして大阪工場に出荷したことによるものですが、初期対応を正しく行なうことで影響を大阪工場製の乳製品だけにとどめておけば、本体の経営への打撃は少ないはずでした。
しかし、その後の初動対応が悪く、「事故隠し」にも思えるような二転三転する説明もあって、時間が掛かり、事件公表と製品回収の遅延による被害者の増加、しかも、大阪工場及び大樹工場におけるずさんな衛生管理、製造記録類の不備など、食品製造者として安全性確保に対する認識のなさが明るみになりました。その上、社内でのリーダーシップ不在などが重なり、さらなる被害者の拡大とともに社会不安にさえなり、消費者の批判を集めてしまい、不買運動も広がり、多くの大手スーパーやコンビニエンスストアなども雪印乳業製品の店頭からの一斉追放・撤去をするなど、ごたごた続きがおよそ1ヶ月間続きました。そして社長らが引責辞任のはめになります。
「同社の殿様商売体質が招いた人災」といった批判が強く、当時の社長は一度も工場を訪れたことがなかったと言われますが、起こるべきにして起きた事件だと思われます。
さらにその傷が癒えないうちに、今度は子会社の雪印食品が国の狂牛病対策を悪用、牛肉の産地を偽装するなどの事件が発生(2002年1月)。初めは、「個人的な事件」と強調し、本社の関与を否定していましたが、その後、「本社がらみ」が発覚し、ウソと判明。雪印食品は会社解散。雪印乳業本体も縮小を余儀なくさせられるとともに、業界トップの座から陥落し、1926年に誕生し長年培われてきた「雪印ブランド(スノーブランド)」は、世間を裏切ったとして短期間のうちに完全に市場から信頼を失ってしまいました。