日本製紙連合会 機関紙「紙・パルプ」(2002年10月号)
中嶋隆吉著「」(その7)から抜粋
(1)酸性紙か中性紙かの見分け方
(省略)…(参照)コラム紙の用語解説[4]14.酸性紙、中性紙とは
(2)中性紙とは
もともと洋紙(西洋紙)は酸性紙ですが、紙の劣化の原因が硫酸バンドに起因することが明らかにされたため、文書の長期保存対策などから、これを使用せずに中性ないし弱アルカリ性で製造する中性抄紙法が、開発実用化されてきました。中性紙とは、紙の保存性、耐久性等を高めるために原紙に硫酸バンドを使用しないサイズ処方や、抄紙時に薬品処理をして中性化(抄紙pH:7~8くらい)した紙をいいます。
これに対して、一般紙、すなわち酸性紙はロジンサイズなどのサイズ剤を硫酸バンドで定着し、抄紙pHが 4~6くらいにある紙をいいます。
わが国では中性抄紙は、例えば辞典用紙、ライスペーパー、防錆紙などの特殊紙製造で以前から行われていましたが、中性紙の紙全体に対する比率としては 2~ 3%レベルと少なく、特異な位置づけでした。
しかし、1982年ころから、「百年後、本はボロボロ」とか「古書・文献が消える」などとマスコミでも大きく取り上げられ、文書類の保存性や紙の寿命への関心が高まり、汎用紙である印刷用紙を中心に中性紙への転換が進んできました。
中性紙が全体の何%を占めているか統計資料がないので不明ですが、塗工紙や上質紙を中心に、特に特注品の多い出版用途やノート類、PPC(plain paper copier、普通紙複写機)用紙の中性紙化が進み、現在では上質紙系の半分以上、また、ノート類、PPC用紙や塗工原紙ではほとんどが中性抄紙になっていると思われます。
ここで酸性抄紙から中性抄紙に転換する場合の主な原紙条件の変更点を次にまとめます。
①抄紙pH
pH4~6(酸性抄紙)から7~8(中性ないしアルカリ抄紙)へ
②填料
クレーから炭酸カルシウム(炭カル)へ 炭カルは化学式CaCO3 で示されるようにアルカリ顔料であるため酸性抄紙系の中では、硫酸バンドと化学反応を起こし炭酸ガスを発生して泡立ちが生じるとともに、不溶解性物質である硫酸カルシウムを生成するために、トラブルとなり使用できません(タルクは一部使用)
③内添サイズ剤
ロジンサイズ剤などからアルキルケテンダイマー(AKD) またはアルケニル無水コハク酸(ASA) や他の中性サイズ剤に切替えます。
なお、硫酸バンドは原則的に使用しないが、系内の汚れ防止などのためにごく少量使うことがあります。
さらに、もう少し紙の耐久性(保存性)について説明しますと、酸性紙の場合、定着用として酸性薬品である硫酸バンドを使用していますが、これは欧米で1850年ごろから一般的になったバンド~ロジンサイズ系の抄紙法であり、バンドは成分であるアルミニウムと硫酸に解離し酸性を示します。
このうちアルミニウムはロジンサイズと結合、セルロース繊維に定着しサイズ効果を出すとともに、填料や微細な繊維を紙中に定着させる歩留り向上剤としての役目もしております。
残された硫酸イオンにより紙は酸性となりますが、紙は酸に対して弱く、セルロース分子が分解されて強度が低下していきます。
すなわち酸はセルロースに触媒作用をし、加水分解を促進させ低分子化します。加水分解が進むと繊維の結合が緩み強度が失われ劣化が進んでいきます。これが歳月の経過とともに紙がいたみ、ボロボロになる所以です。
なお中性紙の場合、原則的にこの硫酸バンドを使用しませんので耐久性があり、中性紙の寿命は、酸性紙の50~100年に比べて 4~6倍あるとされております。
ところで、日本で漉かれ、年代の明らかな現存しているわが国最古の紙は、正倉院に残されている大宝2(702)年の筑前(今の福岡県の北西部)、豊前(大半は今の福岡県東部、一部は大分県北部)、美濃(今の岐阜県の南部)で造られた戸籍用紙(いずれも楮紙)ですが、これらに代表されるように今なお1200年以上も経た正倉院の御物がしっかりと原形を保っているように、和紙の寿命は驚異的といわざるを得ません。
このように、なぜ和紙の保存性は優れているのでしょうか。保管環境がよいこともあげられますが、それ以外に硫酸アルミニウムや苛性ソーダなどの強い薬品を使わないで、木灰、石灰などの灰汁(あく)を使用するために紙漉きのpHが弱いアルカリ性であること、さらに黄色く変色しやすく、劣化しやすいリグニンという物質の残存量が少ないためです。また原料である楮など靱皮繊維の長さが木材パルプ繊維よりも長い上に、蒸煮・叩解の条件が洋紙に比べて緩和なために繊維の損傷が少なく、繊維の切断もほとんどなく自然のままの丈夫さで強い状態が保たれているからです。
なお、和紙は楮などの外側にある皮が原料として利用されるのに対して、洋紙は木の外皮は棄てられ内部の木質部が使われます。すなわち、和紙が楮、三椏、雁皮などの薄い外皮(黒皮)を取り除いた表皮部の白皮を原料(靭皮繊維…非木材パルプ)にし、しかも内部の木質部は燃料などにされているのに対し、洋紙のほうは、木材である松やブナなどの針葉樹、広葉樹の外樹皮は取り除き、内側の木質部を原料にした木材繊維(いわゆる木材パルプ)が使われております。参考までに主な製紙原料の特徴を表に示します。
平均繊維長(mm) | リグニン(%) | 備考 | |
---|---|---|---|
楮(白皮) | 6~20 | 3~8 | 和紙原料、靱皮繊維 |
広葉樹 | 0.8~1.8 | 17~28 | 洋紙原料、木質繊維 |
針葉樹 | 2~4.5 | 20~35 | 洋紙原料、木質繊維 |
ところで王子製紙は2000年の春に、1000年劣化しない紙「千年紙」を開発・発売しました(銘柄 OKプリンス上質21…上質紙系)。王子製紙のPR、情報によれば、
①リグニンなどパルプに残り、紙の強度劣化・褪色の原因となる物質をさらに除去すること
②硫酸アルミニウムをまったく使用しないこと
③蛍光染料をまったく使用しないこと
などの処理を行い、光や熱によってセルロースを切断する引き金となったり(強度劣化)、化学反応を引き起こしたり(褪色)して、紙の劣化を進行させる物質を取り除き、生まれたもので強度劣化が低く、褪色しない、そして白色度の低下を抑えた紙、すなわち“千年紙"というわけです。この究極の長期保存性に優れた紙、「千年紙」は洋紙では初めてではなかろうか。
注
- サイズ…紙はもともと多孔質で吸水性に富んでいますので、印刷・筆記用紙のインキの滲みを防いだり、耐水性を付与したり、また毛羽立ちをしないようにする必要があります。製紙の際、紙料に加えたり紙面に塗布したりする処理をすることをサイジング、このために添加する薬品をサイズ剤といいます。薬品は主としてロジン(松脂)・カゼイン・ゼラチン・澱粉・合成樹脂などが用いられ、その方法としてサイズ剤をパルプに調合する方法(内添サイズ)と紙の表面に塗布する方法(表面サイズ、外添サイズ)があります。また内添サイズ法の定着剤として主に硫酸バンド(強酸性化学物質。硫酸アルミニウム、アラム)が使用されます。
硫酸バンドには、填料や微細繊維を凝集させて抄紙機ワイヤー上での歩留りを向上させ、さらに木材に起因するピッチトラブルを防止するという優れた働きもあり、抄紙にとっては貴重な薬品です。このロジンサイズと硫酸バンドの組合せによる抄紙の最適pHは5前後の酸性領域にありますので、これにより抄紙される紙は、酸性紙とか酸性抄紙と呼ばれることがあります。
- pH…ペーハーないしピーエッチといいます。記号pHは累乗(べきに同じ)の英語power の頭文字p と水素H で、語源はpondus Hydrogenii(ラテン語)からきています。溶液中の水素イオンの濃度を示す指数のことで、その範囲は 0~14で、7が中性、7より大きい場合はアルカリ性、7より小さい場合を酸性といいます。ちなみに、25℃の純水のpHは 7(中性)です。
pHの測定は電位差測定、比色、pH試験紙などにより行いますが、冷水抽出法ないし熱水抽出法による紙試料全体のpHを測る方法(JIS P 8133)と、pH指示液を紙表面に塗布し標準変色表と比較する表面pHを測定する方法(J.TAPPI No.6)などがあります。