コラム(14) 紙の用語解説[4]酸性紙、中性紙とは

かつて「百年後、本はボロボロ」とか、「古書・文献が消える」「貴重な古書が消えていく」、さらに「紙の崩壊」などと、ショッキングな見出しで新聞紙上に大きく取り上げられました。このボロボロになるのが酸性紙で、その対応として「永く残る本を」などと中性紙が脚光を浴びました。1982(昭和57)年ころのことで、今から20年ほど前になります。それは洋紙が明治時代に欧米から日本に伝わり、製造され、普及するようになって、ちょうど100年くらいの年月が経っているころの話です。

 

これを契機にわが国でも、文書類の保存性や紙の寿命への関心が高まり、書籍・筆記などに用いる印刷用紙(上質紙や塗工紙など)を中心に中性紙への転換が進んできました。

 

今回は、酸性紙、中性紙について整理しました。

なお、2003年11月1日付けでFAQ(10) 中性紙とはを改訂しました。

  • 中性紙の紙質面でのメリット
  • 酸性抄紙から中性抄紙に転換する場合の主な原紙条件の変更点
  • 紙の耐久性(保存性)
  • 酸性紙のボロボロになる理由
  • 和紙の保存性
  • 酸性紙か中性紙かの見分け方と紙(酸性紙・中性紙)の一般的な表面pHなどについて触れておりますので、クリックして併せてご覧ください。

 

それでは酸性紙、中性紙に入る前に、まず日頃よく見聞きする酸性・中性・アルカリ性について説明しておきます。

 

酸性、中性、アルカリ性とは

古くから酸(す)っぱいものを酸と言っているようですが、「acid」(酸)という語は「酸っぱい」を意味するラテン語 acidus を語源としています。日常でその代表的なものが酢(食酢)と梅です。酢は酢酸(さくさん)を含む液体酸性調味料。さらに梅、特に食塩を溶かしこんだ梅酢(うめず)は、きわめて酸味が強く、思うだけでも口の中が酸っぱくなりますね。その酸味の主体はクエン酸やリンゴ酸によるものですが、クエン酸はレモンやミカンなどのかんきつ(柑橘)類の果実中に、またリンゴ酸はその名のとおり、リンゴやブドウなどに含まれている酸味成分です。

 

話が少し脱線しましたが、このように物質の性質を化学的に言いますと、物質は酸性かアルカリ性(塩基性)か、その中間にある中性の状態にあります。そして水溶液の中では、水素イオン(H+)[オキソニウムイオン H3O+]と水酸化物イオン( OH-)を出して存在しています。この状態で水素イオン(H+)をより多く出すものを酸といい、水酸化物イオン( OH-)をより多く出すものをアルカリ(塩基)と言います。

 

もう少し言いますと、水溶液中に存在する水素イオン(H+)と水酸化物イオン( OH-)の濃度の積、すなわちイオン積、[H+][OH-]は10-14で一定の値となります。そして水素イオン濃度が水酸化物イオン濃度より大きいときに酸性となります。逆に、水酸化物イオン濃度が水素イオン濃度より大きいときがアルカリ性です。言い換えれば、酸性の水溶液中には水素イオン(H+)がより多く存在し、アルカリ性の水溶液には水酸化物イオン(OH-)がより多く存在します。そして水素イオンと水酸化物イオンとが同量ならば中性となります。

 

ところで、pHという記号をよくご存知だと思いますが、この酸性とか、中性、アルカリ性の状態・程度を数値で表現するのがpHです。

これはペーハーないしピーエイチ(ピーエッチ)と呼びますが、この記号pHは累乗(べきに同じ)の英語power の頭文字pと水素(hydrogen)のHからきており、語源はpondus Hydrogenii(ラテン語)です。

 

そしてpHは、pH=-log10[H+]と定義付けされ、水素イオン指数のことです。ここに[H+]は水素イオンのモル濃度(mol/㍑)ですが、水素イオン濃度の常用対数に負号をつけた値がpHです。すなわち、水素イオン濃度指数の逆数の常用対数のことです。

 

少し難しくなりましたが、もっと分かりやすく言えば、pHは酸性または中性、アルカリ性の強さを数値で、0から14の範囲で表現されます。

そして先のイオン積[H+][OH-]=10-14ですので、水素イオン濃度[H+]が10-7より大きいときは酸性、同じときが中性、小さいときがアルカリ性となります。これをpHを使って表しますと、定義、pH=-log10[H+]からpH<7であるときが酸性、pH=7が中性で、pH>7であるときがアルカリ性となります。

 

すなわち中間の7が中性で、これを中心に0までが酸性で、7より小さいほど酸性の程度が強くなります。また、14までがアルカリ性で、7より大きいほどアルカリ性の程度が強くなります。

 

なお、水のイオン積は温度によって異なります。25℃の純水のpHは7で中性ですが、0℃では7.5が、60℃では6.5が中性となります。ちなみに、人の血液の酸性度(pHで表示)は常に一定に保たれていて、健康人では弱アルカリ性(ほぼ中性)のpH7.4です。これは中性紙を製造するときの原料(紙料)と同じくらいのpHに相当します。中性紙を抄くときのpHは、人の血液のpHと同じくらいであると憶えておいてください。

 

それでは、ここで酸性・中性・アルカリ性についてまとめておきます。

項目 酸性 中性 アルカリ性(塩基性)
水素イオン指数(pH)

0≦pH<7

pHが7より小さく0か、それより大

(数値が小さいほど強酸)

pH=7

7<pH≦14

pHが7より大きく14か、それより小

(数値が大きいほど強アルカリ)

リトマス呈色 青色リトマス紙を赤色に変化 - 赤色リトマス紙を青色に変化

 

リトマス…リトマスゴケ(苔)、その他の衣類より採取する紫色色素のひとつ。主成分はアゾリトミンという弱酸性の黒褐色粉末。塩基を加えれば青色となり、酸を加えれば赤色となります。リトマスの水溶液に浸し染めたリトマス試験紙を用いて塩基性(アルカリ性)か酸性かの判定に使います(広辞苑)。

 

酸性紙、中性紙とは

次に、酸性紙と中性紙です。まず中性紙ですが、その定義は次のとおりです。

用語 説明
中性紙

中性紙とは、日本工業規格 紙・板紙及びパルプ用語(JIS P 0001 番号6110)に、「紙の耐久性などを高めるために中性領域で製造された紙」と定義付けされています。そして参考として「書籍などの一般用のほかステンレス、ガラスなどの合紙のような用途がある」としています。なお、対応英語は「alkaline paper」です。

 

もう少し付け加えますと、長期間保存しても紙の劣化が少ない、いわゆる紙の保存性や耐久性等を高めるために原紙に硫酸バンドを使用しないサイズ処方や、抄紙時に薬品処理をして中性化(抄紙pH:7~8くらい)した紙をいいます。

 

中性紙について、さらに説明します。

 

中性紙の対応英語が「neutral paper」(中性の紙)でなく、「alkaline paper」であるように、中性紙はアルカリ性紙と言うほうが正確かも知れません。確かに中性紙は、紙を抄く工程(抄紙工程)における紙料(原料・白水系)を中性から弱アルカリ性のpH7~8くらいに調節し製造しますので、弱アルカリ領域にありアルカリ性紙と言ったほうが妥当だと考えます。しかし、わが国では一般的に広く、中性紙と言われていますので、ここでもそのように使います。

 

なお、手漉き和紙の製造には、古来から灰汁(あく)を使います。灰汁は、わらなどの草木を焼いた灰を水に浸したときに得られる上澄みの水のことをいいますが、アルカリ性を示し、洗浄作用があってよく汚れを落とすので、古くから洗剤・漂白剤として、また染色などに広く用いられていたといわれます。灰の主成分は炭酸カリウム、炭酸ナトリウムです。

例えば、和紙原料になる楮(コウゾ)の白皮などに灰汁などのアルカリ性溶液を加えて高温で過熱し、原料の中に含まれている繊維以外の不純物を水に溶ける物質に変える作業のことを煮熟(しゃじゅく)といいます。煮熟した後は流水に浸して灰汁抜きをして、繊維素を取り出し、和紙漉きの原料として使います。このように和紙はアルカリ抄紙で、いわゆる中性紙です。

 

ところでアルカリは、アラビア語を語源としておりアル(al)は定冠詞、カリ(kali)は植物を焼いた灰の意味を表しており、酸と中和して塩を生ずる性質(塩基性)を持つものの総称をいうようになったそうです。

 

これに対して酸性紙は、次のとおりです。

用語 説明
酸性紙

酸性紙とは、然のロジンサイズ等のサイズ剤を硫酸バンドで定着し、抄紙pHが 4~6くらいの酸性領域にある紙を言います(ロジン・硫酸アルミニウム系)。酸性抄紙とも呼ばれていますが、硫酸バンドから生ずる硫酸イオンによって変色・劣化しやすく、保存性が劣ります。

 

洋紙はもともと酸性紙ですが、その理由を説明します。それは洋紙が発達した欧米では、筆を使ってで和紙に書くわが国と異なり、先の尖ったペンを用いてインクで書くことからインクの「にじみ」が問題になります。その「にじみ」を抑えるために然のロジン(松脂)をサイズ剤として使用、その定着用として硫酸バンドを使います。この硫酸バンドは強い酸性薬品であるため、抄いた紙は酸性紙となるわけです。これが欧米で1850年ごろから一般的になったバンド~ロジンサイズ系の抄紙法です。そのため欧米では、早くから文書類の保存性や紙の寿命などが問題となり、対応しています。

 

酸性紙か中性紙かの見分け方

ご存知だと思いますが、酸性紙か中性紙かの見分け方は、JIS法やpH試験液を直接、紙面に塗布し判定する方法がありますが、簡便的には紙を燃やしたとき、紙中の硫酸分による炭化促進によって灰が黒っぽくなるほうが酸性紙で、その作用がない中性紙の灰は白っぽい灰色になります。ところでタバコの煙とともに吸殻は白っぽくなりますが、これは用紙が中性紙(炭酸カルシウム紙=炭カル紙)だからですね。

 

そこで、ものは試しに皆さんも実してみてください。新聞紙やティッシュペーパー、トイレットペーパーは酸性紙・中性紙のいずれでしょうか。小片をライターなどで燃やし灰の色を確認してみて下さい(火災に注意。灰皿などの中でごく僅か燃焼)。

サンプルの中には異なるものが在るかも知れませんが、一般に、新聞紙は酸性紙(灰が黒っぽい)、ティッシュペーパー・トイレットペーパーは中性紙(灰が白っぽい)です。しかし、トイレットペーパーでも古紙ものは酸性紙かも知れませんね。和紙はどうでしょうか。手漉き和紙は中性紙で、機械抄き和紙は酸性紙でしょうか。私の手持ちはそうですが、皆さんはいかがでしょうか。自信がついたら他の紙でも確認してみて下さい。

(2003年11月1日付け)

 

参考・引用資料

  • 広辞苑(第五版)…CD-ROM版(株式会社岩波書店発行)
  • JISハンドブック2002 紙・パルプ(日本規格協会発行)
  • 世界大百科事典(第2版 CD-ROM版)…日立デジタル平凡社発行
  • 和紙文化辞典 久米康生著、1995年10月 わがみ堂発行
  • 日本製紙連合会 機関紙「紙・パルプ」2002年10月号 中嶋隆吉著「」(抜粋

 


更新日時:(吉田印刷所)

公開日時:(吉田印刷所)