グーテンベルクの発明後
グーテンベルクの発明後、およそ350年にわたって印刷機はほとんど改良されませんでしたが、1760年代のイギリスに始まり、欧州諸国に波及した産業革命を経て、ようやく18世紀末にイギリスのスタンホープ が鉄製の印刷機を作り、加圧機構に新しい工夫を採り入れました。そしてスタンホープ印刷機はイギリスにおいて広く利用され、タイムズ社などでも日刊新聞の印刷に使用していましたが、まだ手動式であり、1時間に休みなく印刷しても200枚か300枚くらい、4ページ新聞にして100部ほど印刷できる程度でした。このころはちょうどナポレオンが台頭してきたときであり、新聞発行部数も増加傾向にあったため、高速印刷機の出現が要望されていました。このような中で、1814年、タイムズ社の要請によってドイツ人ケーニッヒとバウアーは蒸気動力を利用した押胴式印刷機を作って、平らな版盤を往復させ加圧して印刷する近代的方法を発明しました。このときの印刷能力は1,100部/時と印刷部数も増えてきました。さらに1846年、アメリカのホーが高速を目指し、版盤を円筒状にした輪転式印刷機を製作しました。印刷能力は8,000部に増加。この輪転式印刷機は、今でも主流ですが、改良され1950年代には7~8万部/時、1960年代は12万部/時、さらに1980年頃14万部/時となり、現在では17万部/時で、最高能力18万部/時の印刷機も出現しています。
最近の新聞印刷能力まで概観しましたが、このように印刷機が改良され印刷速度が速くなり、活版印刷以外の平版、凹版などの新たな印刷方式による印刷機が発明されると、今まで以上に大量な紙が必要となりました。そしてさらに情報量の増加に伴ない、紙がもっと必要となりましたが、「必要は発明の母」、従来の手漉き法から機械抄き法へ、また、当時の製紙原料である木綿や亜麻などの布ボロから木材繊維活用によるパルプ製造・機械化の発明などにより、紙の量産対応が可能となりました。
なお、手漉き法から機械漉き法(抄紙機)、および製紙原料である木綿や亜麻などの布ボロから木材繊維活用によるパルプ製造・機械化の発明と進展については次回に説明します。
(2004年5月1日)
補遺1
グーテンベルク印刷機、日本にも来る…1590年、天正遣欧使節
ところで、西洋活字印刷機は16世紀末にわが国にも来ているのです。それは戦国時代末期の天正10(1582)年に日本から初めて公式にヨーロッパに派遣され、ローマ教皇に謁見し、西洋社会に日本を「文明国」として認めさせた12~13歳の4人の少年からなる使節、いわゆる天正遣欧使節(てんしょうけんおうしせつ)が同18(1590)年に帰国したときに、天正遣欧使節の発起人であるイエズス会巡察師バリニャーノが4使節に依頼していた活字印刷機(グーテンベルク印刷機)を持ち帰りました。
そして1591年から1614年(慶長19)までの約20年の間にキリシタンが島原・天草・長崎などで印刷され、いわゆる「キリシタン版」が刊行されました。そしてキリスト教書(天草版など)・平家物語・伊曾保物語(イソップ物語の翻訳)・日葡辞書など31種74冊が現存しており、使用された活字はローマ字と国字(漢字,ひらがな,かたかな)で、欧文書と和文書があります。
わが国に伝わったこの活版印刷技術は、その後「キリシタン弾圧」と「鎖国」によって20年余りで途絶えることとなり、それまでの木版印刷の時代に逆戻りしてしまいます。そして印刷業が近代企業として活発になるのは明治以降となります。
なお、印刷機の現物は、その後のキリシタン弾圧の中でマカオに持ち出された後行方不明となったため、その複製が熊本県天草の天草コレジヨ館に展示されています。
補遺2
印刷の定義など
・印刷の定義
印刷は文書、絵画、写真などの平面的な画像を多数複製する手段です。現在ではその技術は多種多様となり、印刷とは何かを明確に定義することは困難な状態ですが、印刷の基本用語(JIS Z 8123)によれば、印刷とは「印刷物の製造および加工にわたる工程の総称」と定義付けられています。また備考として、狭義には「画像・文字などの原稿から作った印刷版の画像部に印刷インキを付けて、原稿の情報を紙などの上に転移させて、多数複製する技術の総称」であるとしています。
進歩し、変わってきている印刷の概念から、上記のように印刷とは「印刷物の製造および加工にわたる工程の総称」と広義の定義付けされていますが、従来の一般的な定義、上記の狭義の定義を少し具体的に言いますと、印刷(対応英語printing)とは、文字・画像などからできている原稿をもとに、これから作った印刷版を用い、この版の文字・画像部に印刷インキを付けて、これを紙・フィルム・布その他に転写して、原稿の情報(文字・画像など)を多数複製するということになります。
身近な印鑑の例で言えば、名前などの文字を記した原稿をもとに彫ったハンコ(判子、版)を用い、ハンコの文字部に朱肉を付け、これを紙などに手押しにより圧をかけ捺印すること、これも印刷です。
ところで、近年、特に印刷業界では「デジタル化」の動きが活発化しています。鉛合金活字と活版印刷機を発明し活版印刷技術を普及させ、今日の印刷技術の基礎をつくったグーテンベルク(1450年ころ)以来の大変革といわれるデジタル化で、印刷が大きく変貌し、これからも変わろうとしています。
印刷版を用いない、いわゆる無版印刷や、印圧を必要としない無圧印刷とか、ノンインパクトプリント(無衝撃、無印圧)方式といわれる印刷の出現。さらに多数複製することなく、必要な人に、必要な少量だけ印刷することも出来るようになりました。その上、従来からある紙などの媒体以外に、新たに電子媒体としてフロッピーディスク、CD-ROM、ICカードなどの有形媒体と、パソコン通信、インターネット、オンラインデーターベースなどの通信媒体が登場してきて、われわれの生活に欠かせないものになりつつあります。そして、電子出版(EP、電子図書、電子ブック)、電子ペーパー、電子新聞…という文字や言葉が目につくように、いろいろな電子メディアの登場を促しています。技術進歩により今日、印刷も大きく変わってきました。これからも変わろうとしています。そして従来の印刷の方法や内容、その概念も変化し、進化しております。
・印刷の5つの基本要素
印刷には、基本的に「原稿」「印刷版」「印刷機(印圧、圧力)」「印刷インキ」および「印刷媒体(紙などの被印刷物)」が備わって可能となります。すなわち、印刷は印刷しようとする文字や絵などからなる原稿から印刷版を作り、これを印刷機に装着し、版の画像部に印刷インキを与え、直接的または間接的に紙などの被印刷物の表面に圧着・加圧して、インキを転移させ印刷物を作ります。そこでこの「原稿」「印刷版」「印刷機」「印刷インキ」および「印刷媒体(紙など)」を印刷の5つの基本要素といいます。
・印刷の方式
インキの付く部分である印刷版の形状(版式)により凸版、平版、凹版および孔版の4種があります。すなわち、版の方式によって、凸版を用いる凸版印刷機、平版を用いる平版印刷機、凹版を用いる凹版印刷機、およびシルクスクリーン印刷や謄写版用の孔版印刷機に分けられます。平版はそのほとんどがオフセット印刷なので、平版印刷機=オフセット印刷機と考えても差支えありません。なお、凸版印刷の1つである活版印刷は、各印刷版式の中で、最も古くて長い歴史を持つ版式で、版として、文字あるいは絵柄部が凸状のものを用い、凸部に付けたインキを紙に転写する方式です。
参考・引用資料
- 日本製紙連合会 機関紙「紙・パルプ」「」(2003年4月)
- コラム3.紙以前の書写材料…紙への変遷
- 世界大百科事典(第2版 CD-ROM版)…日立デジタル平凡社発行
- JIS 印刷用語-基本用語(JIS Z 8123)
- 広辞苑(第五版)…CD-ROM版(株式会社岩波書店発行)