「冥王星」は惑星か、「惑星」とは何か。新たな「定義」付けで世界中が揺れました。当初、太陽系の惑星が現在の9個から12個になるとのニュースが流れましたが、一転して、逆に76年間もの長い間、惑星であった「冥王星」が惑星から除外されて、ひとつ減の8個になったと報道されました。増えることがあっても減ることはないだろうと思っていましたので、大変びっくりしました。去る8月24日の出来事でした。
今になって惑星の定義を見直すことになった背景には、近年の観測技術の発達によって太陽系の外側に、これまで考えられていたよりも遙かに多くの天体がまだまだ存在することが分かって来たことがあります。そのため国際天文学連合(IAU)は、これまで明確なものがなかった惑星の定義を新しく定めることにしたのです。
今回は、この「冥王星」ショックと連想された「パピルス紙」の立場について触れてみます。
新定義決定!!…冥王星、惑星から除外
まず、惑星であった「冥王星」についてです。チェコのプラハで国際天文学連合(IAU)の総会が今年開催されましたが、8月16日に総会参加の天文学者に「惑星」の定義の原案が示されました。この原案(内容省略)に従えば現在、太陽系には12の惑星(水星、金星、地球、火星、セレス、木星、土星、天王星、海王星、冥王星、カロン、2003UB313)があるということでした。そのためこの当初案の惑星の数を現在の9から12に増やすことが提案され、総会で何度か議論が行われました。その結果、逆に冥王星を外して8つに減らした新定義案が提示され、24日の全体会議で賛成多数で採択されたわけです。
国際天文学連合総会で決議された決議文と太陽系における惑星の新定義は、ここをクリックしてご覧ください。なお、詳しい定義内容と解説はホームページ国立天文台トップページ、「惑星」の定義について:国立天文台をご参照ください。
それでは新たに採択された太陽系における惑星の定義を少し説明をしておきます。新定義では、①太陽の周りを回り、②十分に大きな質量を持ち、自らの重みでほぼ球状の形をしており、③自分の軌道近くに他の天体(衛星は除外)がないことの三条件を満たす天体が惑星と言うことになりました。なお、この③の条件は自分の軌道の周囲から他の天体をきれいになくしてしまっていることで、他の天体を吸収しつくすか、はじき飛ばして、自分の軌道を独り占めしている状態を言います。
ところで、冥王星は1930年に9番目の惑星として米国で発見されました。そして、この星こそ太陽系の果てに違いないとして、冥界(あの世、冥土)の王であるとしてローマ神話の冥府の王プルートにちなんで、英語名などでPluto(プルート)と命名されました。
なお、和名の「冥王星」は、冥王星が発見されてすぐに、弟が作家の大佛次郎であり、星の文学者として知られた野尻抱影(のじりほうえい、1885(明治18)年~1977(昭和52)年)によって名づけられました。また、この名は1933年から中国でも使用されています。
しかし、冥王星については、これまでも惑星と呼んでいいかどうか論議がありました。発見当初は地球ほどの大きな惑星と思われていたのですが、観測が進むにつれ、その大きさもどんどん小さくなっていき、地球の2/1000ほどに過ぎなく、ついには地球の衛星である月よりも小さく、水星よりも小さいことがわかってきました。また、他の惑星がほぼ同じ平面で円に近い軌道を運動しているのに対して、冥王星だけが大きく傾いた楕円の軌道を運動しているなど惑星と呼ぶには科学的に疑問があったということです。
そうした問題があるのに、基本的な天体である「惑星」の定義がありませんでした。このような中で、さらに最近の観測技術の進歩は状況を大きく変えつつありました。1992年以降、冥王星が存在する領域に、同じような軌道を持つ小天体が多く見つかってきました。これらはエッジワース・カイパーベルト天体(Edgeworth-Kuiper Belt Object)と呼ばれ、主に氷でできた冥王星に似た星がたくさん集まっている小天体で、太陽系において海王星よりも遠い軌道を周回する天体であるトランス・ネプチュニアン天体(TNO、海王星以遠天体)に含まれます。
また、2003年に発見された天体「2003UB313」が2005年には冥王星よりも大きな直径を持つことが分かり、第10惑星かと話題になりました。
このように太陽系の新しい姿が明らかになるにつれ、このままだと惑星がどんどん増え混乱するおそれがあるとして、今回改めて「惑星とは何か」を決めることになりました。その結果、冥王星は上記三つ目の③の条件を満たさないため惑星から外れることになったわけです。
そして冥王星は惑星とは異なる種類の天体であるとして、新設のdwarf planet(ドワーフ惑星、矮(わい)惑星…仮訳)に分類され、その種族の代表例とし扱われるようになりました。なお、冥王星がこのような典型例扱いされたのは、1930年に米国人によって発見されて以来、長く惑星として親しまれてきたため、「惑星格下げ」への根強い反対論があったため、そうした意見にも配慮して、冥王星は「矮惑星」の中でも代表的な天体としてその地位を特別扱いすることも決議されたということです。
図 以上をまとめますと、新定義により太陽系の惑星は太陽に近いものから、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星の8個となり、冥王星は惑星から外れ、火星と木星の間にある小惑星セレスや、2003UB313(ギリシャ神話の不和の女神にちなんで「エリス」と命名…IAU、9月13日付け)などとともに新設の矮(わい)惑星(仮訳)に再分類されることになりました(下図:新定義による太陽系惑星…ホームページasahi.comから)。
また惑星と矮惑星に当てはまらない、太陽系の周りを回って衛星でないすべての天体はSmall Solar System Bodies(太陽系小天体…仮訳)と総称することになりました。
今回太陽系における惑星の定義が新しく決まりましたが、これまでの惑星の定義は、「太陽を周り、ある程度の大きさを持ち、軌道を占有している天体」というのが一般的でした。これは定義としては曖昧であったため、より厳密な定義が求められていたわけです。参考までに手元の事典、辞書には、惑星とは「太陽の万有引力に引かれてその周囲を楕円運動する天体群。遊星とも呼ばれる(世界大百科事典)」とか、「恒星の周囲を公転する星。太陽系では、水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星・冥王星などの総称(広辞苑)」、「太陽の周囲を主に太陽の重力の影響を受けて公転し、自らは発光しない天体。普通、水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星・冥王星を指し、小惑星やその他の塵状物質を含めない(大辞林 第二版)」とあります。
今回の新定義決定で、これらの辞書類などの記述が変わってきますが、惑星は学校の教科書にも出ており、ほとんどの人は「水金地火木土天海冥」(すいきんちかもくどてんかいめい)とそらんじ、慣れ親しんで来られていることと思います。私もそうでしたが、今でも口からすらすらと出てくる暗記物の一つです。
その太陽系惑星で長く9人兄弟の末弟だと思っていた冥王星が実の弟でなく、義弟であるとして「惑星」家族の構成員から外れることになったわけです。そして外れた冥王星は、太陽、惑星などと同じ宇宙の中で「矮惑星」(仮称)クループの一員として新しく位置付けられていくことになりました。
一方、惑星は8人兄弟となりましたが、「水金地火木土天海冥」(すいきんちかもくどてんかい)と、いずれも人間の目に見える名称が付く新「惑星」として、これからも親しまれていくことでしょう。
「パピルス」はペーパーの語源だけど、「紙」ではない
ところで紙についても「定義付け」によって立場が変わりました。「紙」を意味する英語のpaper(ペーパー)や、フランス語のpapier(パピエ)、ドイツ語Papier(パピエル)などの欧米諸国の言語はいずれもギリシア語のpapyrosおよびラテン語のpapyrus(パピルス)に由来することはよく知られていることです。
パピルスはエジプトのナイル河畔に繁茂するパピルス草(カミガヤツリ、紙蚊帳吊)と呼ばれる葦に似た植物で、カヤツリグサ科の大形多年草です。アフリカ原産で、北東アフリカから中近東に分布しますが、現在では観賞用として各地で(温室)栽培されています。茎頂に多数の淡褐色の小穂をつけ、茎の断面は三角形で高さ約2.5メートルになります。
なお、「パピルス」という言葉はもともと植物の名ですが、この植物の茎を圧搾して作られ、古代エジプトで文字、絵などの書写材料として使用された「パピルス紙」の意味で用いられることがあります。
パピルス(パピルス紙)は中国の紙よりもずっと古い紀元前30世紀ころから用いられていますが、パピルス紙は「紙の起源」とは考えられていません。それは中国で発明された「紙」を基準に、紙の定義が後に定められたからです。それによってパピルス紙は紙を意味するペーパーなどの語源にはなったけど、「紙」そのものでなくなったのです。
周知のように紙は中国人の発明です。中国の史書には105年に後漢の蔡倫(さいりん)が発明したと伝えられ、長く信じられてきました。しかし、前漢時代の遺跡から紙(麻紙)が発見されたため、紙の起源は蔡倫の時代(後漢)よりもさかのぼりることになり、「紙の発明は蔡倫」という定説は覆りました。これにより蔡倫は紙の発明者というよりは製紙の改良者であり、後世に残る紙を広めた偉大な普及者と言われるようになりました。
「紙の定義」のもとになった蔡倫の造った紙は蔡侯紙と呼ばれていますが、パピルス紙とはどこが違うのでしょうか。次表にそれらの製造工程を概記します。