PL法と紙
このように身近な生活用製品で不安に思い、怪我をしたり、大きな事故が発生していますが、それでは紙および紙製品についてはどうでしょうか。
紙は「書く、包む、ぬぐう」の三大機能を持っていますが、この機能のいくつかを果たすべく紙は、紙製品として私たちの日常生活で身近に多く使用されています。この中で品質上のトラブルやクレームが発生することがあるにしても、人を損傷したり、危害を与えたりするような安全上の事故を起こすことはまれなことです。いや、皆無に等しいといってもよいのではないででしょうか。
そういう意味では、品質上のトラブルやクレームが世の中の許容範囲であれば、紙および紙製品は安全で、しかも安心できる日用品であるといえます。
ところで、1995(平成7)年7月1日にPL法(製造物責任法、product liability)が施行されました。この法律は製造物の欠陥により人の生命、身体又は財産に係る被害が生じた場合における製造業者等の損害賠償の責任について定めることにより、被害者の保護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的としています。
すなわち、製造物の欠陥により消費者の人身・財産に被害が生じた場合、損害をひき起こしたこと(①損害の発生②製品の欠陥の存在③損害と欠陥の因果関係の3点)を消費者が証明すれば製造業者等に過失の有無にかかわらず、その損害賠償責任を負わせることを定めた法律です。
なお、拙著「紙」-紙と印刷、品質トラブルへの対応-(増補改訂版 1997年12月発行)に「PL法と紙」のタイトルでPL法関係について掲載しました。その中に設問方式で「…紙関係… こんな場合もPL欠陥になる?」を載せていますので、ここに転載します。
それでは、まず設問から。PL法(製造物責任法)に触れるかどうか、お答えください。
…紙関係… こんな場合もPL欠陥になる?(設問)
(1)紙で手を切った。PL上欠陥として訴えられるのか。
(2)①紙袋が破れて中に入っていたものが落下、物品が破損。しかもそれにつまずいて 怪我をした。この場合、PL法で責任を問われるのか。
②段ボールの中身が重く、底が抜けて商品が壊れた。耐久重量の表示はなかった。 この場合はどうか。
(3)紙に異物(金属片、紙片等)が混入しており、印刷ブランケット、シリンダー等を破損した。
(4)食品用あるいは薬袋用途の用紙で塵が発見され、印刷・加工所から苦情が来た。
(5)日光が部屋のガラスで集光し、紙が発火、火事になり死傷者が出た。
(6)ノートや文庫等、紙と視力との関係を調査した。紙の色やメーカーの違いで差が出た。それぞれ使用している薬品・染料も違っていた。
(7)歴史的重要文献の紙はほとんど酸性紙で、ボロボロになり大切な部分が失われた。
(8)縁日で焼きそばを販売。紙の容器で売られている方は数人腹痛を訴え、プラスチックの方はなんともなかった。
(9)蛍光染料使用銘柄(一般紙)のラベルに「蛍光染料使用」の表示がない。
(10)梱包・運送・倉庫業者もPL責任に問われることがあるか? それでは、断裁業者はどうか?
如何ですか。出来ましたでしょうか。回答を次に示します。
…紙関係… こんな場合もPL欠陥になる?(回答)
(1)紙で手を切った。PL上欠陥として訴えられるのか。
(答)日本製紙連合会の「PL対策ワーキンググループ」の検討結果では、紙で手を切ることは知られていることであり、その旨を紙に表示していないからといって、表示義務を怠ったことにはならない。したがって、欠陥とは見做されず、PL責任を問われるとは考えにくいとの見解である。
なお、紙で手を切る頻度は多くなく、その怪我の程度は軽いこと、手を切らないように紙の断面を工夫・改善することは現在の技術では相当難しいことから、PL法上の欠陥とは、製造物が「通常有すべき安全性を欠いている」という定義に本件は該当しないのではないか。最終的には、裁判官の判断によるが、上記理由によりPL上の欠陥に該当しないのではないか。
(2)①紙袋が破れて中に入っていたものが落下、物品が破損。しかもそれにつまずいて怪我をした。この場合、PL法で責任を問われるのか。
②段ボールの中身が重く、底が抜けて商品が壊れた。耐久重量の表示はなかった。この場合はどうか。
(答)製紙メーカーとコンバーターとの間で品質(紙の強度等)の取決めが必要である。 明かに紙の強度不足などで紙が原因で問題が発生したのであれば、製紙メーカーの責任になり、当然、落下して物品が破損したこと、怪我をしたことに対して損害賠償をする必要がある。しかし、コンバーターの加工不良等による原因であれば、コンバーターの責任になり、製紙メーカーは免責となる。なお、袋や容器の重量制限、破損注意表示等はコンバーターと発注元との間で取決めることとなる。
(3)紙に異物(金属片、紙片等)が混入しており、印刷ブランケット、シリンダー等を破損した。
(答)紙の要因で損傷を与えたので、PL対象になる。これまでどおり通常の品質クレームで処理するか、和解か、PL訴訟を行うかは被害者(印刷業者)の判断による。PL訴訟による処理をすれば、その手続きや費用、時間等で浪費すること、世間から批判的な目で見られることもあり、これまでどおり行ってきた通常の苦情処理・和解による解決になるものと思われる。
(4)食品用あるいは薬袋用途の用紙で塵が発見され、印刷・加工所から苦情が来た。
(答)これまでの経験・実績から、塵で生命・身体・財産に損害を及ぼすとは判断できない。よって、今まで同様、通常の品質苦情による処理方法で解決し、PL対象にはならな
い。
(5)日光が部屋のガラスで集光し、紙が発火、火事になり死傷者が出た。
(答)通常の紙(紙は可燃性であるというのが通念)であればガラスで集光し、発火しても紙要因とはならない。むしろガラスで集光したこと事態が問題。但し、紙が燃えやすい薬品等で加工されていて、直射日光により発火した場合、その旨の警告表示等がされていなかったら、紙メーカー(あるいは加工メーカー)がPL責任を取る必要があるものと判断される。
(6)ノートや文庫等、紙と視力との関係を調査した。紙の色やメーカーの違いで差が出た。それぞれ使用している薬品・染料も違っていた。
(答)紙と視力との因果関係をはっきり証明することが出来ないことが考えられる。この場合はPL責任は生じない。例えば、強い光の中で長時間本を読んでいて視力が落ちても、通常予見される使用形態ではないと考えられ、PL責任は生じないと判断される。
(7)歴史的重要文献の紙はほとんど酸性紙で、ボロボロになり大切な部分が失われた。
(答)PL法上の製造責任は出荷後10年、一方、民法の不法行為による損害賠償請求の時効は20年である。酸性紙による劣化が原因で、知的財産が逸失する問題が生じるとしても、これ以上の経年により発生するものであり、法律上の責任は及ばない。
(8)縁日で焼きそばを販売。紙の容器で売られている方は数人腹痛を訴え、プラスチックの方はなんともなかった。
(答)腹痛の原因が紙容器にあれば、明かにPL欠陥になり、容器メーカー又は用紙供給メーカーが損害賠償をする必要がある。容器メーカーか用紙供給メーカーかは原因究明によって特定する。
(9)蛍光染料使用銘柄(一般紙)のラベルに「蛍光染料使用」の表示がない。
(答)日本製紙連合会の「PL対策ワーキンググループ」の検討結果では、結論として、表示は必要なしとの見解である。
なお、「蛍光染料」はPL法上の規制はない。しかし、食品衛生上の規制のため、食品関係に使用する紙は、事前に把握し、適正用紙を選択する必要がある。特に、再生紙については、古紙から入ってくる恐れがあり、蛍光染料が含まれる可能性があるので注意が必要である。
しかし、「蛍光染料」使用ないし混入していても食品衛生法の基準(抽出試験)に適合しているものは合格である。
(10)梱包・運送・倉庫業者もPL責任に問われることがあるか? それでは、断裁業者はどうか?
(答)梱包・運送・倉庫業者はPL対象外である。従って、PL責任に問われることはない。しかし、製品事故の原因に梱包・運送・倉庫業者が関与していれば、民法に基づく責任が発生する。
※編集注(2022/03/14追記):上記に関する情報はJ-Stageに繊維学会誌としても掲載されています。
画像引用元:製造物責任法(PL法)への対応
次に紙製品が絡んだ、国内でのPL事故訴訟の事例をいくつか載せておきます。
●ポテトチップス袋の事故
祖父が孫娘(生後6、7月の乳児)と遊んでいて、孫娘が手に持っていたポテトチップスの袋(アルミ蒸着ラミネートフィルム製)の角が祖父の目に当たって、負傷(角膜上皮剥離、外傷性虹彩炎)した。原告(祖父)は、ポテトチップス製造業者に対し、総額500万円の損害賠償を請求した。東京地裁は平成7年7月24日に、「ポテトチップスの袋には菓子袋としての安全性を欠いた欠陥があるというべきでない」と判示し、原告の請求を棄却した。
●飲料用紙容器の事故
レストラン経営者が業務用飲料用紙容器であるプラスチック製のプルリング型の注ぎ口を開ける際、注ぎ口部分を 押さえていた親指に切り傷を負った。 初期対応が円滑に進まず、平成7年12月に新潟地裁長岡支部に提訴され、PL法に基づく第1号訴訟として注目された。原告は、注ぎ口の縁の部分がエッジ状をしているのは、安全性を欠いており、製品の欠陥と指摘し、同部分の改善 と損害賠償91万円の支払いを求めていたもの。被告(容器製造業者及び飲料製造業者)は、本容器は通常予見される使用形態では安全性を欠くものではない、という主旨の反論をしていた。
平成11年9月8日請求棄却の判決が下された。新潟地裁は、PL法適用の可否について、紙パック容器の原告経営のレストランへの引渡し時期が平成7年7月1日より以前であるとして、PL法の適用はないと判示した他、紙パック容器の注出口により原告が受傷したとは認められないとも判示した。
これらは、いずれもPL法上の欠陥とは認められないとして棄却されています。しかし、次の事例はPL事故として判示され、損害賠償責任を負っています。
●包装資材の製造販売
製造者が造ったラミネート紙(クラフト紙+アルミ箔+ポリエチレンフィルム)を納入し、その原反を一番内側に使い、あと2層のクラフト紙で3層の梱包用の袋(化学製品用)を製造した完成品メーカーが、ユーザーへ納入した製品にラミネート部分の蒸着不良が発生し、ユーザーでの内容物の詰め替え費用や在庫の不良分の請求があったもの。賠償額(576万円)。
●ラミネート包装材製造
納品したラミネート包装材の品質に問題があり、それを使用した製品の包装にしわがより、商品価値を損なうこととなった。賠償額(345万円)。
このように、紙製品(加工品)が絡んだPL事故は皆無ではありませんが、多くは品質上の問題で、通常、品質クレームとして扱われているもので、人が怪我をしたとか、生命に係わるものではないようです。
しかし、怪我とか、生命に係わるものでないにしても、例えば、食品関係の容器などに使用された紙のなかに、虫や血痕、毛などが付着した欠陥紙(不良紙)があれば大きな問題になります。その容器や製造した紙のロットアウトはもちろんのこと、ラーメンあるいはアイスクリームなどが入った商品の回収。もし市場で発見され、消費者からの苦情であった場合には、さらに金銭的に損害は非常に大きなものになるばかりか、致命的な打撃を被ることになりかねません。
そういう意味では、紙も特に用途によっては「安全」を意識した「品質」作りをし、「安心」できる紙を供給することが重要となります。
ところで、もうひとつ余談になりますが、安全紙(英語名:sefety paper)という種類の紙があります。安全紙とは、日本工業規格(JIS)の紙・板紙及びパルプ用語(JIS P 0001 番号6236)に、「偽造及び変造をあばくために、偽造防止特性を付与した紙」とあります。目的として偽造防止、改ざん防止のほか最近では、コピー防止も重要性が増しています。処理としては抄き入れ、着色繊維の混抄、特殊薬品または特殊インキでの塗被および地紋印刷、マーキング繊維の混抄、光反応薬品による複写防止など各種の方法があります。そして例えば、日ごろお馴染みのお札(紙幣、銀行券=日本銀行券)の用紙や証書、証券、切符などの紙が安全紙に相当します。
しかし、この安全紙を使った紙幣でも偽造事件が絶えません。続発する偽造を防止する目的で2004年11月、20年振りに最新の偽造防止技術を駆使した新札が発行されました。しかし、それ以前よりは少なくなったものの、依然として主に旧1万円札の偽造・行使事件が発生しています。「通貨の歴史は、偽造との闘いの歴史」と言われますが、本当に絶え間ありません。偽札の流布は世間に大きな不安を与えます。
家庭用の高性能パソコンやプリンター、コピー機の普及に伴い、プリンターが普及し、安易に紙幣を偽造するケースもあり、特に2年前の偽札事件多発時には、いつ偽札をつかませられるか不安も高まりました。そんな時代を反映して、偽札を判定するグッズが開発され、売れ行きが好調とのことで、防衛のために個人で購入する人も多いとか。
損害を与え、取引の信用を損なうような偽札がまかり通る不安な社会にしてはなりませんが、紙もその一端を担っており、技術の進化についていき達成したいものです。