油断大敵!
紙パ業界では、主原料の木材パルプ・古紙パルプのほかにも、多くの副原料、薬品を使用しています。それらはそれぞれのメーカーや供給先の品質管理・保証により、「害」がないように、その安全性は保障されています。
ただ、「石綿(アスベスト)」の例があります。石綿は、建材メーカーを主体に当初は耐熱性などの特性が非常にすぐれており、しかも安価であるため、「奇跡の鉱物」などと珍重され、使用されました。しかし、今では、人の健康を害し、生命をも奪う非常に危険な有害物質となっています。しかもその汚染は、全国的な「石綿公害」を起こしています。
紙パ業界では、すでに1990年か95年までに製造を中止していますが、過去にごく一部の製紙会社で石綿を使い「石綿紙」を生産していました。しかし、幸いなことに、「石綿紙」は新聞用紙やチラシなどに多く使われる一般紙でなく、建築用、工業用などの特殊な用途で使われ、数量的には「紙」、「板紙」全体の少量に過ぎなかったため、また、石綿を使った紙を外などで多量に燃やし、その粉塵を吸わない限りは安全であろうと考えられるため、健康面での被害などは出ていないようです。
このように、現在のところ紙パ業界では大事に至っていないようですが、問題があるとすれば、「石綿」を取り扱った現場の作業者やその家族、そしてその工場周辺への影響です。 石綿に起因する中皮腫などの健康障害発症には20年、30年あるいはそれ以上の時間が掛かりますので、過去に石綿の取り扱いや職場環境などの対応が悪かった場合、問題の発生が懸念されるのはこれからのことです。そう言う意味では紙パ業界も、まだ安心できません[(参照)コラム(38) 紙と石綿(その1)(2005年11月1日)、コラム(39) 紙と石綿(その2)(2005年12月1日)]。
ところで、つい最近、石綿についてメールをいただきました。本ホームページを訪問された方から、「石膏ボード表面の厚紙について」という件名で「1995年建築のマンションに使用されている石膏ボードの表面の紙のことでお尋ねします。全体に色調はグレーで、黒いような、青いような繊維状のものが練りこまれているのが見えます。これが青石綿である可能性はあるのでしょうか」という問い合わせで、今年9月中ごろのことです。
このご質問に対して、「私自身専門家でないので、メールだけで断定することは出来ません。ご存知のように、石綿には大きく分けて白石綿、青石綿、茶石綿の種類がありますが、その名前はそれぞれの色に由来しています。ご心配のように青色の場合は、青石綿が混じっている可能性があります。ただ、色だけで判断するのは、間違える恐れがありますので、もう少し詳しく調べる必要があります。ただ確認する場合は、安全を図った上で、詳しい人(専門家)にしてもらってください。何はともあれ、まずマンションの施工業者に相談されるとか、石膏ボード業界の団体である社団法人 石膏ボード工業会などに問い合わせされるのがよいと思います」と回答し、石膏ボード工業会の情報とそのホームページを紹介しました。
注
石膏ボードは石膏を主成分とした素材を板状にしたものを、2枚の厚い紙などの板でサンドイッチ状に挟んだもの。過去(昭和45年~昭和61(1986)年まで)のごく一部の特殊製品(不燃積層石膏板等)にアスベストを抄き込んだ紙を表面側に使用されたことがあり、現在は一切アスベストは使用されていなとのこと。なお、当時、使用されたアスベストの種類はすべて白石綿(クリソタイル)との由。
その後、お礼のメールをいただきましたが、ちょうど1年前は毎日のように新聞、テレビなどで賑わした「石綿(アスベスト)」が、今でも「不安」をもたらしていることに、いまさらながらびっくりしました。しかし、それまで安心して住んでいたマンションが突然、不安の住まいになったのですから、たまったものではありませんね。
この例のように過去に使った原材料や、これから使おうとしている原材料で、それまでは有益であったものが、いつ有害になるか分かりません。油断大敵です。
さらなる品質の安定、レベルアップを目指して
もちろん、メーカーや業者は無害で健康を損なわない原材料を使わなければなりませんが、万が一、製造ないし使用した物質、原材料が有害であることが分かったら、速やかに製造・使用を中止し、当該製品の回収と情報の開示と消費者・利用者などへの周知徹底など迅速な対応をすることです。
このように今まで有益で正しいとして行ってきたことでも、有害になりえること、また人も企業も間違いを起こしえるもので、ミスは皆無ではないことを認識することです。その上で間違いやミスが起こらないような体制作りと対策を実行するとともに、異常な事態が起きたときの円滑で柔軟な対応が速やかにできるように、日ごろから社内での周知徹底と教育・訓練、および顧客との密接な接触を図っておくことが重要だと考えます。
しかも使用者・消費者側に製品の使用に当たって、事前に分かりやすく正しい使い方や注意事項などをPRしておくことはもちろんのことです。
先に述べた「ハインリッヒの法則」や「ヒヤリ・ハット情報」の考え方は、安全上だけに限らず、品質上でのクレームやトラブルを減らすためにも一般的に活用されています。
製品の回収・補償まで伴うようなクレームのかげには、顧客までお詫びに行かなければ成らないような多くのクレーム・トラブルがあり、さらにその背後には社内・工場内で相当数にのぼる小さなトラブルやミス、失敗などがあるものです。
このちょっとしたトラブルやミス、失敗などを馬鹿馬鹿しいとか、ただ変だとして対処しないでそのまま放っておくと、次第に大きく成長して手が付けられなくなってしまいます。小さい内にきちんと対処して、危険な芽を摘み、大きな事故を起こさないようにすることです。
小さなトラブルやミス、失敗にも貴重で大きな情報があります。無視したり、見落としてはいけません。「禍を転じて福となす」です。積極的に取り上げ活用し、有益にすべきです。小さい芽の段階で対応し摘んでおけば、品質欠陥や不安全事故の連鎖になっている鎖は断たれ、大きなクレーム・トラブルは絶たれるはずです。
しかし万が一、事故、クレーム・トラブルが発生したときには、迅速な初期対応が肝要です。ただ、このときも対応する企業トップの思い、心の持ち方、発言が問題になり、問題がこじれ、事が大きくなるケースも多々見られます。例えば、会社の基本方針に「お客さま(顧客)第一主義」を謳っていながら、あきらかに顧客の信頼を裏切るような、思いやりのない言動をとるところもあります。また、「コンプライアンス(法令遵守)」の重視をうたっていながら、それに違反し不祥事を起こす企業もあります。「顧客重視」や「コンプライアンス重視」などは表向きの建前だけであったのか、「虚偽」とか、「改ざん」、「隠ぺい」とかが目立ちます。そしてそれらの情報、事例が生かされることなく、その後も同様の事故やクレーム・トラブルが引き起こされています。
このあたりも他山の石とし、かつ今までの自社の事例を踏まえて、対応の仕方や類似事故の防止対策に、また製品の品質・安全性向上に活用し、さらなる品質の安定、レベルアップを目指して、絶え間なく努力をしていくことが重要であると考えます。
以上、見てきましたが、わが国の企業で世間を揺るがすような品質問題(安全も含む)がさまざまな分野で起きており、モノづくりの根幹が揺らいでいるようてす。「安心」できる社会を築くために「環境」とともに「安全」(品質)は、これからも重大なキーワードです。おろそかにすれば致命傷になることを肝に銘じ、良心を持って常に維持、改善していかなければなりません。
(2006年11月1日)
参考・引用文献
- 「広辞苑(第五版)…CD-ROM版」(発行所:株式会社岩波書店)
- 中嶋隆吉著「紙」ー紙と印刷、品質トラブルへの対応ー(増補改訂版 上巻)…王子製紙株式会社(1997年12月)
- 日本経済新聞(9月10日付)クイックサーベイ「身近な製品でのヒヤリ・ハット」体験
- ホームページ国内での食品PL事故訴訟事例
- ホームページ《PL事故事例Ⅳ》身近に起きているPL事故!
- JISハンドブック「紙・パルプ」(日本規格協会発行)
- 紙パルプ事典(改訂第5版)…紙パルプ技術協会編
- ホームページ「紙への道」紙の基礎講座(5) 測定機器の準備をトラブル対応、その前に(1)…測定機器の準備を