米国の製紙産業について
このように長年、環境問題に取り組んできたゴア氏が、米国の製紙業界に対して抱いてる認識は前述のようです。非常に残念ですが、何故このような認識になるのでょうか。間違っているのでしょうか。それともそのような認識を抱かせる素地が、米国の製紙業界にはあるのでしょうか。そこでゴア氏が抱くような素地が、自国(米国)の製紙産業にあるのか調べてみました。米国は大量生産・大量消費の国と言われていますが、まず紙・板紙の大量生産を可能にした抄紙の歴史を振り返っておきます。
ご存知のように、米国は洋紙製造において日本の先輩格です。ヨーロッパで誕生した洋紙(西洋紙)は当初1枚ごとの手漉きでしたが、連続的に紙を抄く機械(連続式抄紙機)が発明され、普及するようになりと一度にたくさんの紙が生産され、供給されるようになりました。すなわち、1798年フランスのルイ・ロベールはそれまでの手漉きに代わり、継目のない(エンドレス)布製の網を使って連続的に紙を抄く機械(連続式抄紙機)を発明し特許を取得しました。これは今日、主流になっている長網抄紙機の原型であり、彼は「近代製紙法の父」と言われています。さらにイギリスのドンキンが改良し、ついでイギリスの資産家フォードリニア(Fourdrinier)兄弟がその特許を買って、技師ドンキンの技術的援助で1804年に実用化しました。さらに改良を重ねて、1808年に現在の形に近い長網式抄紙機を完成させ、連続運転に成功しました。今日でも長網抄紙機をフォードリニア(Fourdrinier)マシンとも呼ばれていますが、これは兄弟の業績を称えてのことです。
さらに形状の異なる丸網抄紙機という、ワイヤを円筒形の枠に張りパルプ懸濁液の中で回転させて円筒内に水を吸引することによってワイヤ上に紙層を形成する抄紙機を、1809年にイギリスのディキンソンが特許をとり、その2、3年前から実用化しています。なお、この丸網抄紙機は、長網抄紙機が薄紙・中厚紙を抄くのに適しているのに対し主に厚紙・板紙を抄くのに使われています。このように産業革命期のイギリスでその実用化により機械抄きが行われるようになり、工業技術の基礎を確立しました。
また、このヨーロッパの抄紙機は1827年にアメリカへ初輸入され、アメリカで大量生産技術として体系化されていき、今日の大量生産・大量消費へと花開いていきます。そしてわが国へは、1870年代の明治初期になって欧米から洋紙製造技術が導入されますが、そのなかで米国の大量生産技術を大きく受けることになります。
なお、これらの抄紙機の発明によりそれまでの手漉きに代わり、機械抄きが普及するようになり、一度にたくさんの紙が生産されるようになりました。それとともに製紙原料である麻くず、綿ぼろが不足し、安価で大量に入手できる原料が求められ、1844年に砕木パルプ、62年に亜硫酸パルプ、84年にクラフトパルプの製法に対し特許が成立し、木材使用による大量生産の体制が整いました。
紙・板紙の大量生産、大量消費の超製紙大国、米国!
その米国は現在、紙・板紙の生産量、消費量とも圧倒的に世界一を誇っています。また、国民1人当たりの消費量でも世界のトップクラスです。まさに製紙の超大国です。次表に世界上位を占める米国・中国・日本の紙・板紙生産量と消費量および一人当たり年間消費量を示します。なお、生産量については世界全体に占める構成比、および1980年に対する2005年の伸び率も掲げます。
生産量 | 消費量 | 一人当たり年間消費量 | |||
---|---|---|---|---|---|
1980年 | 2005年 |
伸び率 (05年/80年) | 2005年 | 2005年 | |
米国 |
56,764 (33.2%) |
82,628 (22.5%) |
145.6% (1.5倍) |
89,699 (1位) |
300.6 |
中国 |
5,100 (3.0%) |
55,980 (15.3%) |
1365.4% (13.7倍) |
59,301 (2位) |
45.1 |
日本 |
18,088 (10.6%) |
30,951 (8.4%) |
171.1% (1.7倍) |
31,466 (3位) |
246.3 |
世界 |
171,193 (100%) |
367,026 (100%) |
214.4% (2.1倍) |
366,402 | 56.3 |
上表について少し説明します。米国は紙・板紙の生産量、消費量とも断トツの世界1位です。また、一人あたりの年間消費量も世界のトップクラス(05年は300.6kgの4位)です[1位…ルクセンブルク358.3kg、2位…ベルギー353.8kg、3位…フィンランド324.4kg、5位…スウェーデン255.4kg、 6位…日本246.3kg]。
一方、中国は最近、経済成長が著しく紙・板紙の生産量は2001年にわが国を追い越して米国に次ぐ2位に伸し上がってきました。また、消費量も絶対数量ては世界2位で推移していますが、一人あたりの消費量では45.1kgと、世界の平均レベル(56.3kg)に達していません。これは中国全体では顕著な経済発展をしているものの、人口大国(約13億万人)であり、国土面積も広く国内全体が一様に発展しているわけでなく、都市と農村などとの経済格差があるなど多くの課題を抱えていることによるもののようです。
日本は高い紙・板紙の生産量、消費量を占め、ともに米国、中国についで世界第3位で、しかも国民1人当たりの消費量も世界の上位を維持しています。
ところで年々増加傾向にある世界の紙・板紙の生産量は、最近では特に経済発展のめざましいアジアでの増加が顕著になっています。そのなかでも中国の躍進が著しく、01年にはわが国を超えて第2位となり、米国を猛追しています。その影響もあり、世界における米国の構成比(シェア)も80年の全体の三分の一(33.2%)から、25年後の05年はおよそ四分の一(22.5%)に低下しています。が、しかし米国は依然として紙・板紙の大量生産・大量消費の超製紙大国であることに変わりありません。
なお、昭和初期(1928(昭和3)年)の貴重な新聞記事が検索されました。参考までにここに掲載させていただきますが、次のように報じられています。「文明の尺度と称せらるる紙の消費量は輓近年と共と急速に増加し之が主原料たる木材の供給は今や世界林業界の一大問題となりつつある而して原料材の主産地は北半球温帯林に偏在するか故にスウェーデン、ノルウェー、フィンランド及カナダ等が主なる輸出国に属し独米二箇国は主なる製紙国であるが原料の生産が之に伴わず逐年多量の原料輸入を為し就中米国は世界に於ける紙類産額の過半を生産し消費しつつあるものである(以下略)」(万朝報 1928(昭和3)年5月17日…神戸大学附属図書館 新聞記事文庫製紙業(03-183))とあります。
これによれば、米国は昭和初期のずっとずっと前から世界の主たる製紙国で、当時は世界の半分以上を生産し消費していたと報じられています。また、当時、「文明の尺度(バロメーター)」と言われていた紙の消費量は急速に増加し、その主原料てある木材の供給は今や世界林業界の一大問題となりつつあり、主要製紙国である独米(ドイツと米国)では原料の生産が間に合わず、北半球温帯林がある主産地で、主な木材輸出国であるスウェーデン、ノルウェー、フィンランドおよびカナダ等から多量輸入しているというものです。
厳しい米国における森林環境
なお、米国における製紙原料に占める非木材パルプの比率は小数点以下で、わが国同様に極めて少なく、ほとんどが木材系です。その森林をとりまく米国における環境はかなり厳しいようです。
ホームページ紙と森林伐採~アメリカ南東部(伐採地の状況 アメリカ南東部 チップ工場、パルプ工場と皆伐)には次のように報告されています。
「アメリカの南東部から中南部では、丸太を丸ごと砕いて紙やパーティクルボードなどの原料となる木材チップを生産する、高度に機械化されたチップ工場が急増している。このため、森林と地域の経済は深刻な危機に直面している。太平洋岸の北西部の森林の伐採が過度に進んだ結果、巨大な木材会社がこの地域に移り、1985年以来100以上のチップ工場が建設された。そして、大規模な皆伐がこの地域で増加してきた。おおよそ50万haの森林が毎年伐採され、現在この地域で操業中の140あるチップ工場に供給されていると推定される。さらに、現在計画中あるいは建設中のチップ工場が7つある。
アメリカ南東部は今や世界で最大規模のパルプ産地であり、106あるパルプ工場が全世界の紙と板紙の約25%を生産している。
アメリカのパルプ需要のうち、約70%は南東部の森林を伐採して得られている。さらに、南東部から海外の製紙工場への木材チップの輸出は、1989年から1995年にかけて5倍に増加した。この地域での森林の消失が激しいため、水質や野生生物の生息域、土壌生産性、地域経済、生活水準の低下が深刻になってきている。
長期的には、現在の水準で伐採を続けることは不可能であることが、産業界や政府の研究で明言されている。木材業界のアナリストとアメリカ森林局は、針葉樹(マツ)については、この地域全体の成長量を超えて伐採が行われていると認めている。さらに、現在の傾向が続けば10年以内に広葉樹の伐採量も成長量を上回るようになると予想している。このように資源不足が差し迫っているため、チップ工場は今、北に向かってミズーリ州、オハイオ州、イリノイ州、インディアナ州、ペンシルバニア州に進出している」と厳しい状況が報告されています。
エネルギー消費効率の劣る米国
第212-1-5 「不都合な真実」の記述の中に「(製紙は)、エネルギー消費量でも第4位に位置する産業である」とあります。エネルギー面を次に見て行きますが、右表に製造業(業種別)のエネルギー消費原単位の各国比較を掲げます(ホームページ第2節 部門別エネルギー消費の動向)。
わが国の製造業は省エネルギーへの積極的な取り組みにより、エネルギー効率を表す生産トン当たりのエネルギー消費量(生産1単位当たりに必要なエネルギー消費原単位)を大幅に減少させるなど世界の中でも最高水準のエネルギー利用効率を達成しています。この日本を100にしたときの主要国(韓国・中国・アメリカ・欧州)との比較指数で示しますが、鉄鋼・化学・製紙・セメントの各業種とも各国の指数が、わが国を上回っており、悪化しています。製紙についてはアメリカの指数は144であり、エネルギー消費原単位がわが国の約1.4倍悪くなっています。すなわち、日本の製紙業における消費エネルギー原単位は、米国の製紙業に比べ、約4割低いレベルにあり、日本の製紙業は米国と比較して省エネに努力していることが窺われます。このことは、米国はエネルギーの面でも消費大国ですが、その効率面では劣っており、改善向上の余地がまだまだ大きくありそうです。