コラム(84) 「紙はなぜ」(4) 紙はなぜpH測定試験紙や試薬を変色させるのでしょうか?

紙はなぜpH測定試験紙や試薬を変色させるのでしょうか?

今までに何回か酸性紙、中性紙について記述してきましたが、今回もおさらいの意味で題記ついてまとめました。では、紙はなぜpH測定試験紙や試薬を変色させるのでしょうか?

それは酸性紙とか、中性紙(アルカリ抄紙)といわれるように、紙は酸性か、中性ないしアルカリ性を示すからです。そのために酸性やアルカリ性を調べるpH測定試験紙や試薬を変色させるわけです。

 

それでは紙はなぜ酸性か、中性ないしアルカリ性を示すのでしょうか。

後記のようにわが国で誕生した和紙はアルカリ性です。これに対して洋紙はもともと酸性紙ですが、その理由を説明します。それは洋紙が発達した欧米では、筆を使ってで和紙に書くわが国と異なり、先の尖ったペンを用いてインクで書くことからインクの「にじみ」が問題になります。その「にじみ」を抑えるために然のロジン(松脂)をサイズ剤として使用、その定着用として硫酸バンドを使います。この硫酸バンドは強い酸性薬品であるため、抄いた紙は酸性紙となるわけです。これが欧米で1850年ごろから一般的になった抄紙pHが4~6くらいの酸性領域にあるバンド~ロジンサイズ系の抄紙法です。そのため硫酸バンドから生ずる硫酸イオンによって紙のセルロース繊維が劣化・変色しやすく、保存性が劣るようになります。このため欧米では、早くから文書類の保存性や紙の寿命などが問題となり、その対応として中性抄紙ないしアルカリ抄紙が進められてきたというわけです。

すなわち、長期間保存しても紙の劣化が少ない、いわゆる紙の保存性や耐久性等を高めるために原紙に硫酸バンドを使用しないサイズ処方や、抄紙時に薬品処理をして中性化(抄紙pH:7~8くらい)した紙の製造です。

なお、中性紙の対応英語が「neutral paper」(中性の紙)でなく、「alkaline paper」であるように、中性紙はアルカリ性紙と言うほうが正確かも知れません。確かに中性紙は、紙を抄く工程(抄紙工程)における紙料(原料・白水系)を中性から弱アルカリ性のpH7~8くらいに調節し製造しますので、弱アルカリ領域にありアルカリ性紙と言ったほうが妥当だと考えます。しかし、わが国では一般的に広く、中性紙と言われていますので、ここでもそのように使います。

なお、手漉き和紙の製造には、古来から灰汁(あく)を使います。灰汁は、わらなどの草木を焼いた灰を水に浸したときに得られる上澄みの水のことをいいますが、灰の主成分は炭酸カリウム、炭酸ナトリウムですので、アルカリ性を示し、洗浄作用があってよく汚れを落とすので、古くから洗剤・漂白剤として、また染色などに広く用いられていたといわれます。

例えば、和紙原料になる楮(コウゾ)の白皮などに灰汁などのアルカリ性溶液を加えて高温で過熱し、原料の中に含まれている繊維以外の不純物を水に溶ける物質に変える作業のことを煮熟(しゃじゅく)といいます。煮熟した後は流水に浸して灰汁抜きをして、繊維素を取り出し、和紙漉きの原料として使います。このように和紙はアルカリ抄紙で、いわゆる中性紙です。

ところでアルカリはアラビア語を語源としており、アル(al)は定冠詞、カリ(kali)は植物を焼いた灰の意味を表しており、酸と中和して塩を生ずる性質(塩基性)を持つものの総称をいうようになったそうです。

 

参考

酸性紙か中性紙かの見分け方

ご存知だと思いますが、酸性紙か中性紙かの見分け方は、JIS法やpH試験液を直接、紙面に塗布し判定する方法がありますが、簡便的には紙を燃やしたとき、紙中の硫酸分による炭化促進によって灰が黒っぽくなるほうが酸性紙で、その作用がない中性紙の灰は白っぽい灰色になります。ところでタバコの煙とともに吸殻は白っぽくなりますが、これは用紙が中性紙(炭酸カルシウム紙=炭カル紙)だからですね。

そこで、ものは試しに皆さんも実してみてください。新聞紙やティッシュペーパー、トイレットペーパーは酸性紙・中性紙のいずれでしょうか。小片をライターなどで燃やし灰の色を確認してみて下さい(火災に注意。灰皿などの中でごく僅か燃焼する)。

サンプルの中には異なるものが在るかも知れませんが、一般に、新聞紙は酸性紙(灰が黒っぽい)、ティッシュペーパー・トイレットペーパーは中性紙(灰が白っぽい)です。しかし、トイレットペーパーでも古紙ものは酸性紙かも知れません。和紙はどうでしょうか。手漉き和紙は中性紙で、機械抄き和紙は酸性紙でしょうか。私の手持ちのものはそうですが、皆さんはいかがでしょうか。自信がついたら他の紙でも確認してみて下さい。

なお、蛇足ですけどpHの測定は電位差測定、比色、pH試験紙などにより行いますが、紙のpH測定には日本工業規格(JIS)で冷水抽出法ないし熱水抽出法による紙試料全体のpHを測る方法(JIS P 8133)と、pH指示液を紙表面に塗布し標準変色表と比較する表面pHを測定する方法(J.TAPPI No.6)などが決められています。

 

ここで酸性・中性・アルカリ性についてリトマス紙、BTB液、フェノールフタレイン液、万能試験紙、pH計、簡易水質検査試薬などで調べることができます。それぞれを簡単に説明しておきます。

酸性・中性・アルカリ性測定用試験紙ないし試薬

試験紙ないし試薬説明
リトマス紙

酸性やアルカリ性を調べる試験紙。市販されているリトマス試験紙には、出荷状態で赤色のものと青色のものとがある。これは製造工程で添加する硫酸の 量の違いによる。青色のリトマス試験紙は酸性で赤色(pH<4.5の酸性で赤)に、赤色のリトマス試験紙はアルカリ性で青色(pH>8.3で 青)に変色する。なお、リトマス試験紙は、本来のリトマスの色より淡い、ピンクと空色である。

リトマス - Wikipediaから引用

酸性中性(出荷状態)アルカリ性






BTB液 BTB液は、正しい名称を(ブロモ・チモール・ブルー溶液)という。酸性やアルカリ性を調べるときに用いる溶液で、中性で緑色をしているが酸性で緑色が黄 色に変わり、アルカリ性で青色になる。またリトマス紙に比べて反応が敏感であり、より微妙な酸・アルカリの判定に使うことができる。
フェノールフタレイン液 酸性やアルカリ性を調べるときに用いられる溶液の1つ。酸性・中性で無色、アルカリ性で赤色になる。
万能試験紙 色の変化によって酸性、中性、アルカリ性の程度をくわしく調べることができる試験紙。万能試験紙を使うと、酸性からアルカリ性まで調べることができる。
pH計 酸性やアルカリ性の程度を調べる計器 電極を水溶液につけたとき表示される数字が、7より小さいとその水溶液は酸性、7より大きいとアルカリ性となる。
簡易水質検査試薬 簡単にpHが測定できる試薬で、検査する水を容器に入れて試薬を加えた後、試薬と水が反応し水が変色し、発色した水を比色板と比較してpH濃度を測定する。また残留塩素などを測るものもある。

 

もう少しリトマス紙について説明します。リトマスはリトマスゴケ(苔)、その他の衣類より採取した紫色の色素(染料)のひとつで、複数の化学物質の混合物ですが、主成分はアゾリトミンという弱酸性の黒褐色粉末です。1300年ごろ、スペインの化学者デ・ビラノバ (Arnau de Vilanova) が発見しました。然のものは、主にリトマスゴケ(Roccella属)から得られますが、ほかにも多くの種類から得ることができます。現在は人工的に合成することが多く、染料としては使われず酸塩基指示薬として用いられます。

リトマスのアルコール溶液に少量の塩酸またはアンモニア水を滴下して赤ないし青にしたものがリトマス液で、それをろ紙(濾紙)にしみこませて乾燥したものがリトマス紙です。リトマス試験紙とも呼ばれています。市販されているリトマス試験紙には、出荷状態で赤色のものと青色のものとがありますが、これは製造工程で少量添加する硫酸の量の違いによるものです。これらの色の変化により酸性、アルカリ性、中性が判定できます。すなわち、青色リトマス紙は酸性の溶液で赤色に変わり、赤色リトマス紙はアルカリ性溶液で青色に変わります。なお、中性では色の変化はありません。ここで酸性・中性・アルカリ性を表現する指標、いわゆるpHについて記します。

 

身近なもので酢(食酢)は酢酸(さくさん)を含む液体酸性調味料で酸性、さらに梅、特に食塩を溶かしこんだ梅酢(うめず)は、きわめて酸味が強く、思うだけでも口の中が酸っぱくなります。その酸味の主体はクエン酸やリンゴ酸によるものですが、クエン酸はレモンやミカンなどのかんきつ(柑橘)類の果実中に、またリンゴ酸はその名のとおり、リンゴやブドウなどに含まれている酸味成分です。このような性質が物質にはあります。

これを化学的に言いますと、物質は酸性かアルカリ性(塩基性)か、その中間にある中性の状態にあります。そして水溶液の中では、水素イオン(H+)[オキソニウムイオン H3O+]と水酸化物イオン(OH-)を出して存在しています。この状態で水素イオン(H+)をより多く出すものを酸といい、水酸化物イオン(OH-)をより多く出すものをアルカリ(塩基)と言います。

もう少し言いますと、水溶液中に存在する水素イオン(H+)と水酸化物イオン(OH-)の濃度の積、すなわちイオン積、[H+][OH-]は10-14で一定の値となります。そして水素イオン濃度が水酸化物イオン濃度より大きいときに酸性となります。逆に、水酸化物イオン濃度が水素イオン濃度より大きいときがアルカリ性です。言い換えれば、酸性の水溶液中には水素イオン(H+)がより多く存在し、アルカリ性の水溶液には水酸化物イオン(OH-)がより多く存在します。そして水素イオンと水酸化物イオンとが同量ならば中性となります。すなわち、[H+][OH-]=10-14(一定)のため、中性なら[H+]=[OH-]ですので[H+]=[OH-]=10-7となり、中性のpHは7となります。

 

ところで、pHという記号をよくご存知だと思いますが、この酸性とか、中性、アルカリ性の状態・程度を数値で表現するのがpHです。以前は、ペーハーと言っていましたが、最近は、ピーエッチと言っています。この記号pHは累乗(べきに同じ)の英語powerの頭文字pと水素(hydrogen)のHからきており、語源はpondus Hydrogenii(ラテン語)です。なお、pは小文字で、Hは大文字を使います。

そしてpHは、pH=-log10[H+]と定義付けされ、水素イオン指数のことです。ここに[H+]は水素イオンのモル濃度(mol/㍑)ですが、水素イオン濃度の常用対数に負号(マイナス)をつけた値がpHです。すなわち、水素イオン濃度指数の逆数の常用対数のことです。pHは水素イオン濃度を対数で表しているので、pHと水素イオン濃度の間には大きな違いがあります。例えば、pH4の水溶液には10-4(1リットル中に0.0001モル)の水素イオンが含まれますが、pH6では10-6(1リットル中に0.000001モル)の水素イオンが含まれているのです。pHは2しか違いませんが、水素イオン濃度は100倍違うのです。

少し難しくなりましたが、もっと分かりやすく言えば、pHは酸性または中性、アルカリ性の強さを数値で、0から14の範囲で表現されます。

そして先のイオン積[H+][OH-]は10-14ですので、水素イオン濃度[H+]が10-7より大きいときは酸性、同じときが中性、小さいときがアルカリ性となります。これをpHを使って表しますと、定義、pH=-log10[H+]からpH<7であるときが酸性、pH=7が中性で、pH>7であるときがアルカリ性となります。

すなわち中間の7が中性で、これを中心に0までが酸性で、7より小さいほど酸性の程度が強くなります。また、14までがアルカリ性で、7より大きいほどアルカリ性の程度が強くなります。

なお、水のイオン積は温度によって異なります。25℃の純水のpHは7で中性ですが、0℃では7.5が、60℃では6.5が中性となります。ちなみに、人の血液の酸性度(pHで表示)は常に一定に保たれていて、健康人では弱アルカリ性(ほぼ中性)のpH7.4です。これは中性紙を製造するときの原料(紙料)と同じくらいのpHに相当します。中性紙を抄くときのpHは、人の血液のpHと同じくらいであると憶えておいてください。

 

これをまとめますと、

項目酸性中性アルカリ性(塩基性)

水素イオン指数

(pH)

0≦pH<7

pHが7より小さく0か、それより大(数値が小さいほ酸)

pH=7

7<pH≦14

pHが7より大きく14か、それより小(数値が大きいほど強アルカリ)

リトマス呈色 青色リトマス紙を赤色に変化 - 赤色リトマス紙を青色に変化

 

(2009年9月1日)

 

参考・引用資料

 


更新日時:(吉田印刷所)

公開日時:(吉田印刷所)