ご質問
はじめまして、手漉き和紙を体験し、和紙に少し興味があります。そこで以下について質問なのですが、ご教示ください。
①和紙を漉くのに手漉きの場合と機械抄きの場合、どんな工程が違うのでしょうか?
②手漉きの場合、バケツなどの中で原料のコウゾなどを水に溶いて粘剤等を入れましたが、機械の場合、この工程は大きなタンクの中で攪拌するのですか? そしてこれをポトン!と何かの上に落として機械のコンベアーのようなもので流れていくのでしょうか?
③機械抄きの工程で抄紙時に、手漉きにはある原料の汲み込みを数回繰り返すのが、機械ではないとどなたかのページにありましたが、前後左右に動かすことをしなくてどうして和紙の表面の模様など均一になるのでしょうか?
④また、機械抄き和紙の場合は、洋紙を作る機械と同じものなのでしょうか?
(K.Kさん)
回答
ご質問にお答えいたします。
①まず、和紙の手漉きの場合と機械抄きの場合の違いについてですが、紙漉きの原理は、「①皮を剥く ②煮る ③叩く ④漉く ⑤乾かす」で、この工程はどんな紙漉きの場合でも共通で、しかも今も昔も変わりません。
しかし、紙漉きが手作業か機械処理かによりその方法や設備、使用する原料・薬品などに違いが生じます。
手漉き和紙の場合は、人の手によって一枚一枚の紙を処理するのに対して、機械抄き和紙の場合は、まとまった原料・薬品を処理し、紙漉きは人手でなく、機機によって行い、手漉きの場合よりも大きな紙を自動的に、しかも連続的に製造していきます。
このため蒸煮、漂白、叩解、抄紙などの工程が同じでも使用する用具が違います。例えば、紙をすくものは、手漉き和紙では漉桁(すきけた、簀桁)で、機械抄き和紙は抄紙機(ペーパーマシン)です。また紙の乾燥は前者が湿紙を板の台(紙床=しと)の上に積み重ね、重石をするか、機械を使うかしてゆっくりと水を絞って脱水。その後、一枚ずつをはがして張り板に張り付け、天日や乾燥室でゆっくりと乾かします。これに対して、後者は抄紙のあと、連続的に回転する円筒で、中に蒸気が通っている金属製ドライヤーで乾燥します。
このように手漉きと機械抄きは、手作業か機械処理かなどの基本的な違いがあります。しかも機械抄き和紙には、手漉き和紙の大きな特長である「流し漉き」(漉く時に、漉桁を前後左右に動かし、余分の紙料液を漉桁の先から漉き舟の中に捨てる、この操作を数回繰り返し湿紙をつくる方法)のような操作はありません。
また、手漉き和紙では漉桁の大きさの紙しかつくれませんが、機械抄き和紙は長さ方向がエンドレスで、大きなものがつくれます。換言しますと、手漉きは大きさ(幅と長さ)が限られた一枚のシートで、その積み重ねです。これに対して、機械抄き和紙は、幅が一般的に手漉きの場合より大きく、長さ方向は無限(エンドレス)に近く連続して抄くことができます。これらのことが両者の大きな違いです。
②次に、機械抄きの場合の原料の流れですが、叩解、薬品配合の終わった紙料は、生産規模に応じて大きなチェスト(タンク)内に、均一になるように攪拌され、貯えられます。それから「ポトン!と何かの上に落としてコンベアー」で搬送するのではなく、紙料は連続的にポンプアップされ、配管を通り一定濃度に希釈、調整され、抄紙機上のストックインレット(紙料流出部)からワイヤーパート(脱水部)へ噴出され流れていきます。
そしてワイヤー(漉き網)の上で走行しながら、紙料中の水はワイヤー下に流出・脱水、さらにサクションボックスで吸引・脱水されて、紙層が形成されていきます。さらにプレスパート(搾水部)、ドライパート(乾燥部)へと進んでいきます。
③3番目のご質問「機械抄きでは、手漉きのときのように前後左右に動かすことをしなくて、どうして和紙の表面の模様など均一になるのでしょうか?」に答える前に、少し和紙の手漉き法についておさらいをしておきます。
上記ご質問①の回答でも触れましたが、「流し漉き」は、わが国で開発された和紙の紙漉き法で、紙の地合などが良く、現在の和紙作りも多くがこの方法で行われています。
この「流し漉き」は仰せのように、漉槽(すきふね)の中の紙料液を漉桁で汲み込み、漉桁を前後左右に揺らす、すなわち、縦(天地)方向や横(左右)方向に勢いよく十分に揺り動かして、繊維同士をよく絡み合わせるこどできる方法です。
この揺り動かす動作を何回か繰り返すうちに繊維は絡み合って紙の層ができます。紙の厚さはすくい上げる回数で決まりますが、余分の紙料液を簀桁の前先から勢いよくサッと漉き舟の中に流し捨てます。これを「捨て水」と呼んでいますが、この操作によって、繊維は簀桁の縦方向に並び、かつ繊維の不規則な塊や塵、皮屑などの夾雑物が除かれるとともに、紙表面、地合などが均一になり、きれいな紙が出来上がります。
これに対して機械抄きの場合は、「流し漉き」のように漉桁を数回、前後左右に揺らしたり、「捨て水」をしたりしません。しかし、機械抄き(長綱抄紙機)の場合は、シェーキ(shake)装置によってワイヤーが水平方向に左右に少し動きながら走行します。そのためワイヤー上の紙料は前後左右に、しかも進行方向に動くことになり、攪拌作用が働き、走行中に繊維の分散がよくなり、絡み合いが状態をよくし、地合が均一になり、紙質が良くなります。
なお、高速抄紙機では、多くはシェーキ装置がありませんが、このときはワイヤーの走行が速いため、紙料に攪拌作用が働き、上記のように地合が均一になり、紙質が良くなります。
参考までに拙作ホームページ「紙への道」の「紙について(5-2) 紙のできるまで《紙化工程》」をご参照ください。
注
ところで、「横紙を破る」という諺があります。これは上記のように「流し漉き」操作でつくった和紙は縦に靱皮繊維が配列していますので、漉き目に沿って縦に裂くと裂けやすいが、横には破れにくいことに由来しています。それを敢えて破るということから、意味は習慣にはずれたことを無理にも行おうとすること、道理が通らない行為をすること、理不尽なことをすること、物事を無理に押し通すこと、我を通すこと。また、そのような性質の人のことをいいます。
同義に「横紙破り」「横紙を裂く」「横車を押す」「横に車を押す」などがあります。なお、「横車を押す」は(動かし難い)横に車を押して動かすように、理に合わないことを無理に押し通すこと、理不尽なことを強引にすることを言います。
④最後のご質問「和紙の機械抄きは、洋紙を作る機械と同じものなのでしょうか?」については、洋紙や板紙を造る長綱抄紙機、丸網抄紙機などと基本的には同じです。ただ最近の洋紙や板紙の製造規模は大きく、生産量の少ない和紙の場合とは抄紙機の大きさや抄速などで大きな差があります。以上です。
(2005年7月22日)