和紙紀行・夢の和紙めぐり(2) 越前和紙(福井県今立町)

※今立町は2013年現在、越前市となっています。

 

日本一の和紙の生産である福井県。ここに越前和紙のメッカである和紙の里、今立(いまだて)があります。福井県中部に位置する武生(たけふ)から車でおよそ15分。武生盆の東縁にあり、人口 1万5千人くらいの町です。

越前和紙の里、今立町を訪問したのは、これまで二回あります。

一度目は、定年前のリフレッシュ旅行で美濃和紙(岐阜県美濃市)、越中和紙(富山県八尾・五箇山)のを妻と一緒に訪れた2年前の1999年4月末のことです。

写真 当時の九代目 岩野市兵衛氏

(1999年4月30日撮影)

 


 

二度目は、昨年(2000年)の6月10日です。

このときは転勤で、富山県高岡市に住んでおり工場勤務でした。

会社(洋紙製造業)の人たちを案内し、2年前と同じコースでしたが、6名全員でいっしょに、今立町大滝の山麓にある「大瀧神社・紙祖神 岡太神社」を参拝し、「和紙の里会館」では、紙祖神「川上御前」の由来や和紙の歴史、和紙の作り方など種々、貴重な資料を見たり、「卯立の工芸館」で伝統工芸士の手漉きの実演を見学しました。また、「パピルス館」では実際に自ら手漉きをしてみました。

会社の人たち(神社前にて) 紙祖神「川上御前」

「大瀧神社・紙祖神 岡太神社」

「川上の 御前がさとす 紙の元 五箇は栄える 神は紙なり」

(2000年6月10日撮影)

 

私はこれまでに何回か手漉きをしたことがありますが、他の人たちは初めての経験で戸惑ったり、慣れない手つきでしたが、「自分の紙」にうれしさいっぱいのようでした。もちろん、私は手漉きの和紙のやわらかさ、ぬくもりでいっぱいでした。

これらの施設は和紙の里通りが結んでいて、和紙の観光ルートになっております。座ると音楽を奏でる音楽ベンチもあり、昼に食べた美味しい蕎麦(そば)屋さんもあります。

ここで冨樫 朗(TOGASHI Row)さんが開設されておられる立派なウェブ「和紙の博物館」を見てみましょう。全体のなかの一部ですが、ここに越前和紙産を訪ねてが載っております。和紙の博物館「和紙産地をたずねて(福井県今立町)」

 

それでは先に進みます。

また、人間国宝になられる直前の九代目 岩野市兵衛氏と再会しました。1年前に、突然、妻と訪れたときのことを思い出されましたが、あらためてそのときのお礼と今度の重要無形文化財保持者(人間国宝)答申のお祝いを申し上げました。その後、紙漉きの工程を丁寧に見せていただき、紙漉きのポイント、心配りについてもお話を伺いました。

岩野市兵衛さん(九代目)は、押しも押されぬ生漉き奉書の名人といわれております。同じ人間国宝であった先代から受け継いだ伝統的な技法と心でもって、こつこつと漉かれておられます。

 

奉書紙は古くから公家や武家、寺社などの公用紙として用いられている紙で、現在では高木版画用紙としても愛用されています。また、生漉紙とは木材パルプなどを使用しないで、100%楮だけを使用した紙のことをいいます。

 

住まいと仕事場は今立町大滝にあり、越前和紙の中心でわが国のもっとも古い紙の始祖伝説があるところです。

今立町の「五箇(ごか)方」は、越前和紙で名高い旧岡本村であり、大滝、不老(おいず)、岩本、新在家、定友の5つの集落があります。五箇の中心は大滝で、その山の頂には奥の院(上宮 じょうぐう)があり、大瀧神社と紙祖神 岡太(おかもと)神社の本殿がならび、山麓には下宮(げぐう)として本殿と拝殿があり両社の里宮(さとみや)として合祀(ごうし)されております。

なお、岡太神社には、この里に紙漉の技を伝えた「紙の神」である川上御前が祀られております。

約1500年前、大滝の岡本川の上流に美しい姫が現れて村人に、紙漉きを教えたと言い伝えが残されています。

「男大迩王子(後の継体皇)が越前におられたころの話じゃ。岡本川の上流にそれはそれは美しい姫が現れて、こういったんじゃ。 「この村里は谷間にあって田畑も少なく、さぞ、暮らしに難儀をしていることであろう。しかし、この谷間の水は、いかにも美しい。この水で紙をすき、暮らしを立てるがいい」と、姫は、里びとに紙のすきかたをねんごろに教えたんじゃ。喜んだ里びとが、「あなたさまのお名まえは?」と聞くと、「岡本川の川上にすむ者」とだけ答えて、消えてしまったそうじゃ。里びとたちは、それ以来、紙すきを神わざとしてのちにいたっているのじゃ…」(今立町商工観光課「越前和紙の里 今立」)

 

話が少し離れましたが、岩野市兵衛さんから伺ったお話などをまとめておきますと、

  • 原料は、光沢があって繊維が細かい良質である茨城産の那須楮を使い、ネリ(粘剤)についても配慮していること
  • 繊維は長く強剛で、絡み合う性質が強いのでねばり強く、強靭ながらしなやかで、独特のふっくらした風合いの紙が特長…千切ってごらんと紙を手渡されて実際に、力を入れて強く千切ろうとしましたが駄目でした。
 
(茨城産 那須楮の白皮) (ネリ…トロロアオイ)
 
(ネット状に絡み合った繊維)  

 

  • 水も重要で水道水などの硬水は駄目。軟水がよく川から汲んだ井戸水を使用していること
  • 薬品処理は軽度に。漂白剤は使用せず
  • 原料の歩留まりは半分以下で、最高な紙が出来上がること
  • 原料のチリ取りは万全を期していること
  • 紙漉きは、手間と根気のいる仕事。ごまかさず、急がないこと

などですが、これらの心づくしと技により、柔らかな風合いを持ち、百回以上もの刷りに耐えうる強さが特長の「生漉奉書」が漉かれるのでしょう。

また、「簀(す)など紙漉き用具を作る人が少なくなった。こういう味で、縁の下の力持ちとなる人たちが育つ環境を整備することも大切である」と危惧されておられましたが、和紙のこれからを考える重要なポイントであると考えます。

 

(写真)人間国宝 九代目 岩野市兵衛氏

(2000年6月10日撮影)

さらに辞すときに、前にある駐車場のところまで、わざわざ見送りまでしていただいが、恐縮してしまい、まさに感激の極みでした。

「実るほど頭(あたま)の下がる稲穂かな」とは、私の好きな句ですが、人間国宝 岩野市兵衛氏にぴたり当てはまるのではなかろうか。

もう一度、お会いしたいとの念を持って和紙の里を後にしました。

 

なお、初めてお会いしたときに、岩野市兵衛さんから東京にあるアダチ版画研究所を紹介され、しかも定年記念で版画を購入しました。木版画は、市兵衛さんが手漉きされた「越前生漉奉書」を使用した上村松園(うえむらしょうえん)の「鼓の音」(つづみのね)です[額縁 大きさ 58X68cm、木版画 28版・72度摺]。落ち着いた趣があります。

参考までに上村松園「鼓の音」をウェブで紹介します。

 

(2001年8月31日記載)

 

参照ウェブ

資料

 


更新日時:(吉田印刷所)

公開日時:(吉田印刷所)