印刷について(5) 紙になぜどんな印刷でもできるのでしょうか

印刷技術の進歩発展によって、水と空気以外ならほとんどのものに印刷ができるようになりました。実際、われわれの生活の中には、紙だけでなく、金属、陶磁器、ガラス、プラスチック、布などに印刷したものを多くみかけます。

しかし、これらは同じ印刷方式で印刷されるわけではありません。インキを吸収しない金属、陶磁器、ガラス、プラスチックなどの素材には、熱処理などによりインキを定着させる印刷法やあらかじめ転写紙に印刷し、それを素材に転写させる方式など種々の印刷法が採用されております。これらのものはすべての印刷方式で、あるいはすべてのインキで印刷ができるわけではありません。その点、紙は素晴らしい素材です。平版、凸版、凹版などすべてで印刷ができます。紙以外への印刷を特殊印刷といいますが、なぜ紙は万能的に印刷ができるのでしょうか。

印刷では、紙などの被印刷物の表面に印刷インキを付着(転移)させ、付着インキが容易に取れない状態にすることが必要です。インキが印刷面から取れないように固着するには、被印刷物表面に凹凸や空隙があって、そこにインキが入り乾燥後、固まる、いわゆる機械的・物理的に固着するか、被印刷物とインキ被膜との間に分子間牽引力(ファンデルワールスの力)、例えば、水素結合などの結合力が働いて付着することが必要です。

ところで、紙はセルロース繊維[繊維素(C6H10O5)n…セルロースの構造式]を基本として構成されており、分子内には親水性の水酸基(OH基)ばかりでなく、インキと親和性の強い親油性の基である>C-H-(メチリジン基)を多数持っています。

現在の紙は、ほとんどが木材を原料にしておりますが、その木材はすべてのセルロース原料のなかでいちばん大量にまた広く使われております。木材の40~50%はセルロースで、20~30%はリグニン、そして10~30%がセルロース以外のヘミセルロースと多糖類からできていますが、パルプ化工程ではこのリグニンやセルロース以外のヘミセルロースと多糖類をできるだけ除去し、セルロースを取り出し紙にしているのです。

 

そしてまた、紙は繊維と繊維が絡み合い、結合して層を形成していますが、絡み合った繊維の間には微細な間隙があり、多孔質構造となっています。

この親水性で、かつ親油性で、さらに多孔質構造を持つことが紙の最大の特徴であり、金属、陶磁器、ガラス、プラスチックフィルムなどの素材にない性質で、このことが水を使い、油性の印刷インキで紙に印刷ができ、しかもインキが取れないように定着する理由です。

紙の多孔質構造は多数の毛細管を持っており、湿し水やインキの浸透は、この毛細管孔の大きさと分布によって決まります。

この細孔径が大きすぎると、インキの吸収が大きすぎ、浸透し過ぎて、印刷光沢や鮮明性が悪化しますし、もっと浸透が過ぎれば、印刷裏面からも透けて見える裏抜けトラブルを起こすようになります。

逆に細孔径が小さすぎると、インキが浸透されにくく、乾燥不良や裏移りのトラブルになりやすくなります。

このように用紙表面の持つ毛細管の大きさは重要な役割を果たしますが、印刷するに当たってその用紙に合ったインキを選定するためにもキーポイントとなります。

毛細管の大きさや数は、紙質によって違いがあります。例えば、塗工紙の平均毛細管孔の半径は約0.06μm 、非塗工紙(原紙)は1桁大きい 0.6μm 付近にあり、それを中心にほぼ正規分布しています。

印刷直後のインキ中の顔料・ビヒクルは紙の毛細管内に浸透していきますが、非塗工紙(原紙)よりも塗工紙のほうが、毛細管が微細で数が多いため、液体であるビヒクルは浸透しやすく、インキ乾燥が速くなります。また、塗工紙のほうが表面の毛細管径が小さいため、それより大きいインキ顔料粒子が表面に多く残ることになり、印刷光沢など印刷効果によい結果が得られることになります。

このように紙に、ペンによる水性インキでの筆記や油性の印刷インキで印刷ができるのは、紙の持つ多孔質構造による毛細管現象によって、まず水やインキがよく吸収・吸着され、そして定着するのはセルロース分子の中に親水性の水酸基と親油性の基を多数持っていることに起因しております。

ところで、インキの乾燥は被印刷物の中への浸透、表面上でのセット(不完全乾燥ながらインキ膜表面が固化した状態)、溶剤の蒸発などによって進行しますが、プラスチックフィルムやアルミ箔などへの印刷はどんな考え方で行われているのでしょうか。

フィルムなどの表面には孔が開いていなため、インキ・水の非吸収体であり、空隙にインキが入り、いわゆる機械的・物理的に固着することが期待できませんので、一般的な印刷である湿し水を使用したり、酸化重合型のインキを使うオフセット印刷では印刷できません。 そのため、印刷インキの溶剤によって接着をよくする方式を取りますが、インキ中の溶剤を自由に選択できるのはグラビア印刷やフレキソ印刷であり、これは低沸点溶剤の蒸発によって乾燥・定着させる方式です。この理由によりフィルムなどの非吸収体の印刷には、これらの印刷方式が適用されます。

ただ、プラスチックフィルムをベースにした合成紙で、しかもオフセット印刷されているものがありますが、これはフィルムのみでは上記のように、印刷性・筆記性が劣るため、フィルムの内部に充填材・添加剤を加えたり、あるいは表面塗工や処理をして多数の空孔を作り、紙的な性質を付与する措置を行います。

それでもまだ、インキの浸透性など紙と同等でなく、裏移りやブロッキングなどインキ乾燥性不良によるトラブルが起こりやすい傾向にあります。このため合成紙用のために専用インキが使用されるなど、紙とは違う配慮がされております。

なお、紙の中には空気が多く(空隙率大)、クッション性があるため、紙と版あるいはブランケットとの密着性がよく、インキ転移がよくなります。また、紙が平坦であることも、どんな印刷方式でも印刷ができる大きな特徴であり、紙の優位性になっております。

 


更新日時:(吉田印刷所)

公開日時:(吉田印刷所)