トピックス短信(8-1) 14年前の、カレイが届けた心温まる手紙!!1

カレイが届けた手紙。魚の鰈(かれい)です。「おてがみをひろったかたは、おへんじをください」と小学1年生(当時)が風船に付けて飛ばした手紙が14年後にカレイが配達したのです。信じられないような話ですが、こころ温まるお話ですね。なお、手紙の紙質は耐久性のある油紙。油性ペンで書いたため、長期間海水につかっていたがはっきりと読め、水の中でも紙や文字はしっかりしていたということです。(注記)なかには15年前という報道がありますが、手紙を風船に付けて飛ばしたのは1993年11月27日ということですので、正確には14年余り(14年2か月)ということになります。

 

◎水揚げしたカレイに15年前の手紙 千葉・銚子

(出所)朝日新聞(2008年01月25日02時32分付)

水揚げした魚に15年前の手紙――。写真千葉県銚子市の銚子漁港で24日、15年前に川崎市の児童が風船で飛ばした手紙が、サメガレイの表面に付着しているのが見つかった(右写真は銚子港で見つかった手紙と風船の一部)。手紙を見つけた銚子市内浜町の漁業君野喜好さん(52)は「サメガレイの皮には粘液があるが、なぜくっついたのか見当もつかない」と驚いている。

サメガレイは体長50センチほどで、銚子市の犬吠埼南東約45キロ沖の水深1000メートルで底引き網にかかった。市場で選別中に手紙が見つかった。

手紙は縦14センチ、横20センチの大きさ。四つ折りになっており、端に開けられた穴に糸が通されて、糸でとめられた赤い風船の一部も残っていた。

手紙には「わたしたちのがっこうは、百二十さいです。……このおてがみをひろったかたは、おへんじをください。 しらひげなつみ」と書かれていた。

銚子市漁協は手紙に記載されていた、川崎市宮前区の市立宮崎小学校に連絡。飛ばしたのは、当時小学1年生の同区に住む大学生白髭奈津実さん(21)。学校が発見を知らせた。

宮崎小の開校120周年を祝った93年にみんなで飛ばした。白髭さんは、当時、いくつかの返事が朝礼で紹介されたことを覚えているという。「自分の手紙が、海底から見つかるなんてびっくり」と感激していた。

 

◎なぜ外房の海で見つかった? 魚が届けた15年前の手紙

(出所)朝日新聞(2008年01月26日03時06分)

15年前、川崎市の小学生が書いて風船で飛ばした手紙が、千葉県の犬吠埼沖で底引き網にかかった。水深1000メートルの海底で水揚げされたサメガレイに付着していた。大学生になった差出人は25日、銚子市漁協を訪れ、手紙を受け取った。なぜ外房の海で見つかったのか。ずっと海底にあったのだろうか。

差出人は早大2年の白髭奈津実さん(21)。

白髭さんは25日、銚子漁港を訪れ、発見者の漁業君野喜好さん(52)から手紙を受け取った。破損がなく、はっきり読めることに驚いた。

「一生こんないいことはないかもしれない。見つけて連絡までしていただいた君野さんに本当に感謝しています」

君野さんは「15年も前のものでたまげた。『おへんじをください』とあったし、学校の名前も書かれていたので漁協に連絡を頼んだが、無事返せてよかった」と、ほっとした表情を見せた。

●紙質のせい?

2人は驚きを隠さないが、そもそも紙は長い時間、水中で形をとどめられるのか。

山内龍男・京大准教授(紙科学)は「紙質や水流など好条件が重なれば、15年にわたって水中で保存され続けることは十分ありうる」と言う。登山用の図などは、紙の繊維の結合部分に水が入りにくくする紙力増強剤を使っており、水中でも数十年もつ可能性があるという。

ノートや便箋(びんせん)など普通の紙の多くでも、一般的な紙力増強剤やインクのにじみを防ぐ物質が入っており、意外に長持ちするそうだ。

だが、山内准教授は「そんな普通の紙だと、水中で5年ももたずに紙の繊維がバラバラになってしまうケースが多い」と話す。

上埜武夫・静岡大元教授(紙パルプ、環境科学)は「小学生の使う紙だから、特殊な防水加工をしたとは考えにくい」と言う。手紙がしばらくは陸上にあって水中にあった時間は長くないのでは、とみる。

白髭さんによると、紙は、小1の2学期、教室で先生から渡されたという。紙質などすっかり忘れていたが、25日、漁港で受け取り、普通よりつるつるした手触りの紙だったことに気づいた。「水をはじく感じの紙だったので長持ちしたのでしょうか」。鉛筆ではなくペンで書いて、隅にパンチ穴を開けたことは覚えていたという。

●魚は当時10センチ

では、手紙は水中でどんな状態にあったのか。

東京・築市場の「おさかな普及センター資料館」の坂本一男館長(魚類学)は「海中を漂っていた手紙が、網にかかる過程で魚に付着したと考えるのが普通では」と推理する。

サメガレイは生後6年で体長50センチに達するが、手紙の付着していた魚が15年前に生まれていたとしても、10センチ足らずの幼魚だったとみられる。同じ魚がずっと手紙を抱いていた可能性は低い。

●偏西風が影響

手紙を結んだ風船はどこまで飛んだのか。

ヘリウムを入れたゴム風船は通常、上空約8000メートルまで上昇するがやがて破裂する。気圧が上空5500メートルほどで上の半分に下がって風船が膨張するうえ、気温は千メートルごとに約6度低下し寒さで割れやすくなるからだ。

インターネット上で「風船専門ドットコム」を運営する広告会社グルーブ(東京)によると、容量10リットルの普通のゴム風船はヘリウムを入れると約5グラムの浮力がある。風船自体は1グラム台で、軽い手紙を付ければ相当の高さまで上がるという。

上昇を始めれば今度は風で流される。とくに冬場は上空5000メートル以上を偏西風が吹いており、放たれた風船は太平洋上空に流れることになる。

小学校から犬吠埼沖まで約150キロ。「海流からすると、房総半島の館山や勝浦の沖から流されながら少しずつ沈んでいき、犬吠埼沖で1000メートルの海底まで達した」というのが手紙を見つけた君野さんの推理だ。

●そして食卓へ

君野さんによると、手紙を運んだサメガレイは何事もなかったように競り落とされ、出荷されたという。

■「がんばったカレイに感謝」

川崎市宮前区の市立宮崎小1年生だった白髭さんが風船を飛ばしたのは93年11月27日。開校120周年を祝い、校庭に集まった全校児童約千人が、手紙を結んだ風船をカウントダウンに合わせて一斉に放った。

「だれかに届くといいな」。白髭さんはそんな思いで小さくなるまで風船を眺め続けた。「きれいな空だった」「風船がありのように小さくなった」と別の児童も当時、こう文集に書いた。

飛ばした手紙に返事が届くと、先生が朝礼で紹介した。「千葉県からが大半で、2年後に届いたものもあった」と当時、同小にいた中村清治先生は振り返る。

白髭さんは、自分にも返事が来てほしいと思いつつ、いつしか手紙のことを忘れた。油性のペンで書いた記憶はあるが、何を書いたかはすっかり忘れていたという。

卒業後は元の中学、市内の高校に進んだ。浪人した末に大学合格。月日は流れていた。

「長く海底にあったものが今ごろ拾われるなんてびっくり。本当にこんなことがあるんですね。がんばったカレイにはありがとうを言わないと。食べたらかわいそう」

手紙は額に入れて自宅に飾りたいという。

 

◎「カレイに感謝します」・15年前の手紙、差出人に戻る

(出所)日本経済新聞(2008年1月25日23:21)

千葉県犬吠埼の沖合で水揚げされたサメガレイの表面にくっついた状態で見つかった15年近く前の手紙が25日、「差出人」の早稲田大2年の白髭奈津実さん(21)=川崎市宮前区=の元に戻った。

手紙は白髭さんが川崎市立宮崎小1年のときに学校行事で風船に付けて飛ばした。銚子市漁業協同組合から学校を通じて連絡を受けた白髭さんがこの日、銚子漁港を訪れた。発見者の底引き網船「第八大徳丸」の船主君野喜好さん(51)から手紙を受け取り「見つけてくれた人にもカレイにも感謝します」と満面の笑みを浮かべた

君野さんは「水で洗ったらきれいな紙だったので、飛ばしたのは現在2、3年生の子どもだと思っていた。あり得ない出来事で、大切に取っておいてほしい」と話した。〔共同〕

 

◎カレイの体に14年前の手紙

(出所)NHK総合テレビニュース(2008年1月25日17時23分)

千葉県の銚子漁港で24日、銚子市の漁業、君野喜好さんが、水揚げされた魚の仕分け作業をしている際、カレイの体に手紙がはり付いているのを見つけました。手紙は縦14センチ、横20センチの大きさで、川崎市内の小学校の名前と手紙を書いたとみられる児童の名前が記されていたほか、ひらがなで「おてがみをひろったかたは、おへんじをください」と書かれていました。このため君野さんが所属する漁協を通じてこの小学校に連絡したところ、手紙は14年前、川崎市立宮崎小学校の創立120周年を祝う記念の行事で、児童たちが風船にくくりつけて飛ばしたものの1つとわかり、当時、この小学校の1年生だった川崎市に住む早稲田大学2年生、白髭奈津実さんが書いたことが確認されました。母校から連絡を受けた白髭さんは、25日午後、銚子漁港を訪れ、君野さんから14年ぶりに手紙を受け取りました。白髭さんは「手紙に書かれた自分の字を見たら当時の夢などが思い出されてとても懐かしく、拾ってくれた君野さんに感謝しています。手紙は家に持ち帰って宝物として大切に保管します。カレイは好きで、これまで煮つけなどにして食べていましたが、これからはかわいそうで食べられなくなるかもしれません」と話していました。漁協によりますと、カレイは、銚子市の犬吠埼の南東、45キロほどの沖合、およそ1000メートルの深海から底引き網で引き上げられたということです。手紙を見つけた君野さんは「カレイの腹のぬめりに紙が付いていたので何だろうと思って拾いました。紙の状態が良く、字もはっきり読めたので1年ぐらい前の手紙かと思いましたが、14年も前と聞いてたまげました。30年近く漁をやっていますが、こんなことは初めてです」と話していました。

 

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更新日時:(吉田印刷所)

公開日時:(吉田印刷所)