コラム(26-2) 紙幣用紙とは

紙幣用紙とは

こんどは、お札に使われる「紙」について見ていきます。お札には印刷がされていますが、その印刷がお粗末だったら、なおさら偽札づくりが容易になってしまうことでしょう。そのためにお札には精巧な印刷がされています。

偽造防止のために、印刷や用紙などの詳細は秘密事項として、外部へは知らされていないため、詳しくは分かりませんが、紙幣の印刷原版(鋼板)への彫りは名人と称される人が、精度100分の1ミリの精密さの技で行われており、印刷は凹版(直刻凹版…彫刻凹版の一種)と、ドライオフセット(凸版オフセット湿し水を使わないオフセット印刷で一般に凸版方式)の組み合わせから成る多色刷りで、インキの色数は15色(表面10色、裏面5色)にも及ぶと言われます。いわば紙幣は、印刷されているものの中で最高品なのです。

しかも紙幣は、薄いながらも何回となく人の手から手へ渡り、曲げられたり、折られ、畳まれ、また伸ばされて、店頭などで使われたり、自動販売機や銀行の現金自動預け払い機(ATM、automated teller machine)などの機械に入れられて使用されます。

このようにさまざまな取り扱いを受けても、紙幣が容易にちぎれてしまったり、破れたり、皺だらけになったり、印刷がはげたりてしては使いものになりません。また、退色したり、ましてや価値のあるものですから、ボロボロになっては大きな混乱と騒動が起こることになりかねません。そうならないためにも、しっかりとして丈夫で、長く耐久性のあるものでなければなりません。このような条件を満足することが「紙幣」には必要です。言い換えれば、「紙幣」は印刷のみならず紙も、そこに織り込んだ偽造防止も、すべてで「信用」され、価値ある最高品でなければなりません。実際に「紙幣」は、すべての点で超一流で超一品なのです。

そのことは「紙」に貴重な品物、大切な財物、宝物・財宝や、神に奉る物の意を持つ「幣」を付けて「紙幣」としたり、丁寧な気持や、尊敬・親愛を表して「お札」と「お(御)」を付けて呼んだりすることで言い表しています。

このように薄くても精巧な印刷ができ、かつ過酷な使用に耐えるのは、然素材からできている「紙」だからこそできるのです。プラスチックフィルム、合成紙や、その他多くの薄物素材がありますが、「紙」には敵いません。「紙」は、それらにはない多くの優れた点を持っているのです。

印刷を例に取りますと、紙には平版、凸版、凹版、孔版などすべての版式の印刷ができます。しかもその出来栄えはどれにも劣らない立派なものとなります。

 

さらに理解を深めるために、ここで印刷についておさらいしておきます。

印刷では、紙などの被印刷物(印刷媒体)の表面に印刷インキをきれいに付着(転移)させ、付着インキが容易に取れない状態にすることが必要です。インキが印刷面から取れないように固着するには、被印刷物表面に凹凸や空隙(毛細管)があって、そこにインキが入り乾燥後固まる、いわゆる機械的・物理的に固着するか、被印刷物とインキ被膜との間に分子間牽引力(ファンデルワールスの力)、例えば、水素結合などの結合力が働いて付着することが必要です。

その点で、紙はセルロース繊維[繊維素(C6H10O5)n]を基本として構成されており、分子内には親水性の水酸基(OH基)ばかりでなく、油性のインキと親和性の強い親油性のある基である>C-Hー(メチリジン基)を多数持っています。また、紙は繊維と繊維が絡み合い、結合して紙層を形成していますが、絡み合った繊維の間には微細な間隙があり、多孔質構造となっています。この親水性で、かつ親油性で、さらに多孔質構造を持つことが紙の最大の特徴です。このような特徴を持つことが、例えば紙に鉛筆で書いたり、ペンで水性インクを付けて筆記できたり、オフセット印刷(平版)のように湿し水を使い、油性の印刷インキで印刷ができ、しかもインキが取れないように定着させることができるわけです。

そのために紙はすべての版式の印刷に対応でき、お札のように精巧できれいな印刷ができるのです。このように「紙」は万能であり、かつ素晴らしい素材なのです。

これに対して、プラスチックフィルム、合成紙や金属、陶磁器、ガラスなどの素材には、このようなすべて揃った性質はなく、特定の印刷方式でしか印刷ができません。しかもその品質は紙よりは劣ります。

しかし、紙にもいろいろな種類があります。それぞれその用途、機能に合うように、原料や製造方法などを選ばなければなりません。「紙幣」には「紙幣」用の専用紙が必要なのです。

 

それではお札に使われる「紙幣用紙」とはどんな「紙」でしょうか。説明していきます。

「紙パルプ事典」(紙パルプ技術協会編)には、「紙幣用紙」と同類の用語として「銀行券用紙(banknote paper)」として説明されています。すなわち銀行券用紙とは、「銀行券あるいは紙幣の製造に用いられる紙のことで、主に靱皮繊維が使用され、我が国ではミツマタが多く使われる。強靭性、耐久性があり、偽造防止処置が施されている」と解説されています。

また、日本工業規格(JIS)の紙・板紙及びパルプ用語(JIS P 0001 番号6237)に、銀行券用紙は、「耐久性のある証券用紙及び安全紙で、多色印刷ができ、取扱い及び折畳みに対する耐久性が優れているもの」と説明されています。

ここで証券用紙とは、同じJIS P 0001 番号6072に「銀行券、株券、証券などに用いられる耐久性が優れた紙」とあり、さらに安全紙は「偽造及び変造をあばくために、偽造防止特性を付与した紙」(JIS P 0001 番号6236)、とあります。なお、「日本銀行券」とは、日本銀行が発行する紙幣の正式名称のことです。

このように銀行券用紙として定義づけされていますが、もう少し説明します。

日本銀行券、すなわち紙幣に用いられる「紙」は、我が国を代表するものですから、視覚的にも紙面は、きめ細かく、落ち着いた光沢を持っており、肌の色は真っ白でなく、淡い黄色を帯びた自然色で、上品で優雅で、美しく、しかも退色しにくくしてあり、その色合いはずっと保たれています。また、手触りも真偽判別の有効な手段となるため、重要なポイントであり、その手肉・感触や風合いは、和紙風のしなやかで温かみがあるうえに、しっかりしています。

さらに、長年の取扱いに耐える強さが必要であり、(ボロボロになりやすい酸性紙でなく)中性紙にし、繊維の短い木材パルプでなく、長繊維の原料(靱皮繊維など)が使われますが、精巧な印刷への適性などを織り込んで、紙幣用紙として特別に製造された専用紙が用いられます。

その紙幣用紙には、わが国の独自性を出すために日本特産である「三椏(みつまた)」の樹皮にある靱皮繊維を主原料として、「アバカ(マニラ麻)」の葉から採る葉脈繊維などが補助原料として使われています。これらは繊維が長く、紙の強度を強く強靭にし、丈夫で、耐久性を高めるとともに、独特の風合いを与えます。

紙幣をはじくと、パチンと硬い音がしますが、この手肉・腰が人が持ったり、触ったときの感触や、自動販売機や両替機、ATM(現金自動預入れ支払い機)などの機械で識別するための技であると言われます。わが国の紙幣は4種類ありますが、すべての原料にアバカパルプ(マニラ麻)が含まれているとのことですが、偽造防止のため、その比率・配合などは極秘とされています。

さらに偽造防止対策のひとつとして、抄紙の段階で透かしを入れる、漉き入れ(抄き入れ)がしてあります。

 

ここで紙幣用紙の原料について、もう少し説明しておきます。

「三椏」は、ジンチョウゲ科ミツマタ属の落葉低木(成木は2m余り)で、今は日本特産の植物です。原産は中国中西部、南部からヒマラヤ方。春に葉が出るまでに枝先に淡黄色の花が球状に群がって咲き、先端で3本に枝分かれしており、すなわち枝が三叉になる特徴から、この名「三椏」がきています。栽培が容易で耐久力に富んでおり、栽培としては、関東以西の温暖なが適であり、中国・四国方の山間部で多く栽培されています。半陰性植物で強烈な日光を嫌うため、北面の山腹が適していますが、南面で栽培する場合は、高木との混植や密植栽培など木陰を利用する方法がとられます。風当たりが少なく排水の良好な土が良く、山間の傾斜で、平より降雨量が多く、春夏の植物成長期に朝夕濃霧に覆われるような所が栽培に適しています。収穫は11月下旬から4月頃にかけ行われます。

繊維は「楮(こうぞ)」よりは細く短かい(3~5ミリ)が、柔軟で細かくて光沢があり、優美できめの細かい紙肌をつくます。また、皺になりにくく虫もつきにくく、平滑で印刷適性に優れた和紙ができ、日本銀行券(紙幣)に使用されていますが、この他に証券用紙、金糸銀糸用紙、金箔合紙、かな用書道用紙、美術工芸紙などの高で重要な用途に用いられています。なお、本ホームページ 和紙の知識(6) 和紙の原料 をご参照ください。

次に「アバカ」ですが、原産であるフィリピンではマニラ麻のことを「アバカ((abaca)」といいます。インドネシアなどの東南アジア熱帯や中米でも栽培されます。高さ2~6メートルのバショウ科の多年草。バナナの木に酷似しており、葉は巨大な長楕円形で、その葉(葉鞘(ようしょう))から繊維を採ります。

繊維作物として栽培されますが、葉柄の繊維は良質で、特に然繊維の中で最も強靱で弾力のある硬質繊維で、海水および淡水に強く比重が小さいため、軽く水に浮き、しかも手触りが良く縛り易いために(船舶用)ロープ、魚網や敷物などに多く利用されました。しかし、合成繊維に押され、これらへの需要が大幅に減り、製紙用へと用途が変わってきています。わが国には、現在は紙幣のほかに、紙業界でも和紙などの補助原料として輸入されております。

参考までに、次に主な紙用原料の特徴を示します。

主な紙用原料の特徴
 平均繊維長(mm) 平均幅(μm)備考
アバカ(マニラ麻) 3~12 10~40 紙幣・和紙補助原料、葉繊維
三椏 3.0~5.0 4~19 和紙・紙幣原料、靱皮繊維
6~20 14~31 和紙原料、靱皮繊維
広葉樹 0.8~1.8 10~50 洋紙原料、木質繊維
針葉樹 2~4.5 20~70 洋紙原料、木質繊維

 

後でもいいですから、じっくりと、あらためてお札を触ったり、透かしたり、直視したり、角度を変えて見たりされたら如何でょうか。また拡大鏡(ルーペ)で見るのも面白いでしょう。新札があれば、今までのお札と比較されたらよいと思います。新紙幣の用紙や印刷、偽造防止法など、技術の粋を堪能してください。お札の素晴らしさがお分かりいただけるのではないでしょうか。

なお、お札を破って、その裂け目(破断面)を見ると、多くの長い繊維が毛羽だっているのが分かると思いますが、故意に紙幣や硬貨を破ったり、傷つけるのは法律違反(違法)となりますので止めてください。

紙幣用紙には、長繊維の原料(靱皮繊維など)が使われますので、その破断面に多くの毛羽だちが見えるのです。お札では違法になりますので、手元にある新聞紙やコピー用紙、メモ用紙などを縦と横に少し破ってみても感触が分かると思います。

新聞紙は、比較的長い繊維である針葉樹パルプが原料に使われていますので、破断面の毛羽だちが割りと多く見られます。コピー用紙、メモ用紙などは、短い繊維である広葉樹パルプが原料ですので、破断面の毛羽だちは少なくなります。

なお、縦横方向に破ったときに、抵抗があり、真直ぐに破りにくく、裂け目の毛羽だちが割りと多いほうが、紙の横方向となります(この現象が諺「横紙破り」の由来)。反対に、比較的容易に直線的に破れ、毛羽だちが少ないほうが縦方向です。

紙幣用紙は、新聞紙よりももっともっと長繊維の原料が使われていますので、縦横とも破りにくく、毛羽だちも多くなります。

 

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更新日時:(吉田印刷所)

公開日時:(吉田印刷所)