竹の活用、その2です。竹紙(ちくし)と竹入り紙について触れます。
竹紙について
竹紙(ちくし)は、竹の繊維を主として製紙原料とする紙です。楮や雁皮などの靭皮(じんぴ)繊維を原料にした和紙や、木材を主原料にした洋紙に馴染んでいるわが国においては、竹紙はどんな紙なのか、ピンとこないかも知れません。しかし、紙を発明した中国ではありふれたもののようです。竹の豊富な中国では、古くから紙の原料として多く使用され、竹紙が造られています。そして今日まで生産され、日常的に親しまれ使われているとのことです。
竹紙の起源は中国の唐の時代です。唐以前の文献に竹紙に言及したものはなく、唐・五代のころからで浙江(せっこう)を中心に造られ、宋代になって盛んになったとされています。
竹紙は唐の初めころから漉(す)かれたとみられ、初期の竹紙は強度が弱く、破れやすかったため、次第に改良されていきましたが、紙質は平滑で、墨付きが良いことから書画などに用いられたようです。北宋以後、技術向上によりさらに良質で大量かつ安価につくられるようになり、宋元版(宋元時代に刊行された出版物)をはじめ、明・清には版本(版木に彫って印刷した書物)や書画用に最も多く用いられました。なお、原料とされた竹はマダケやハチクなど50種以上あるということです。
ところで、中国の竹紙製紙技法については「天工開物」(てんこうかいぶつ)に記載されています。「天工開物」は、明末の崇禎十(1637)年に江西省奉新県の学者宋應星によって書かれた中国の産業技術書ですが、それによれば「竹紙を造る技法」は、
- 枝葉の生えようとしている若竹を最上とし、夏(6月6日)のころに山上で竹を短く(1.5mほどに)切って、溜池に100日以上も漬けておく。
- そのあと槌(つち)で打って粗い表皮を清水で洗い去る(これを殺青(さっせい)という)と苧麻の繊維のような竹麻(ちくま)ができる。
- この繊維状の竹麻に石灰の液をまぜ八昼夜のあいだ煮立て[煮熟(しゃじゅく)]、清水でよくそそぎ、再び草木の灰汁とともに煮ては冷ましを繰り返す。
- 「十余日」(10日あまり)経つと繊維がふやけてくる。これを臼でついて、穀粉のようにどろどろにしてから水を張った抄紙槽に入れ、紙薬をまぜて抄紙簾(すき桁)で紙を漉く。
- 漉いた紙を簾よりはがした後、炉壁に貼って乾燥させてできあがる、としています(参照…:九州大学総合研究博物館作成ホームページ天工開物、天工開物 巻中之三)。
注
殺青…汗青(かんせい)、汗簡ともいい、昔、中国でまだ紙がなかった時代、青竹のふだを火にあぶって汗のようにしみ出る脂気を去り、それに文字を書いたからいう(広辞苑から)。
紙薬…ここにいう紙薬が何であるかの明記はありませんが、黄蜀葵(トロロアオイ)などの粘剤を指すということです(黄蜀葵を使用することは、明末に方以智が書いた「通雅」にも記述)。なお、黄蜀葵は夏には使用不能となるので、製紙は多く冬の仕事でした。
竹紙も和紙と同じく煮熟の際に木灰、石灰などのアルカリを煮熱剤(軟化剤)として使用していますが、「八昼夜」煮熟し、清水洗浄、そしてさらにこれを「十余日」繰り返し続けると記載されているように、随分日数を必要とします。このことから竹の繊維は靭皮繊維や木材繊維に比べて手強く、パルプ化することの難しさが分かります。
なお、竹紙の製造は竹の肉質部分(木質部)を使いますが、このことはそれまでの麻や樹皮を原料とする製紙法から、現在の紙は木材など樹木の木質部もパルプ化してつくりますが、その先駆をなしたもので画期的といえます。
日本では
それではわが国では「竹紙」はどういう位置づけだったのでしょうか。楮(こうぞ)や三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)などを原料とする良質な和紙があるため、日本では竹紙はあまり馴染みがありませんが、実はわが国でも奈良時代以来重宝されてきていたようです。
奈良時代の「正倉院文書」の中に記されている紙の名前は、主として原料によって名付けられたものが多くあります。その中に「麻紙・黄麻紙・白麻紙・緑麻紙・常麻紙・短麻紙・白短麻紙・穀紙・縹紙・加地紙・加遅紙・梶紙・檀紙・眞弓紙・長檀紙・斐紙・肥紙・荒肥紙・竹幕紙・楡紙・朽布紙・布紙・白布紙・本古紙・藁葉紙・波和良紙・杜中紙・松紙」などの名がありますが、この中の「竹幕紙」(ちくばくし)がおそらく竹紙であろうと推察されています。
また紙の原料として麻や穀(楮)、斐(雁皮)、竹、楡、藁の他、布や使用済みの紙などを原料としたものなどがあったことがわかります。そしてこれらの中でもっとも多く漉かれたのは麻紙で、次が穀(楮)を原料にした紙でした。
なお正倉院文書には、唐麻紙、唐白紙、唐色紙、大唐院紙などの文字があり、中国製の紙が写経などに用いられました。
中国で製造され日本に輸入された紙全般のことを「唐紙」と言いますが、唐王朝 (西暦618~907年)の名は時代が移っても中国を代表するものとして使われており、「唐紙」は必ずしも唐時代のものに限定されず、中国からの舶来品は「唐もの」として幅広く使われ珍重されました。
例えば平安時代の文学には、たびたび、「からのかみ」「からかみ」が出ており消息(しょうそく、しょうそこ、手紙・書状・文通のこと)などに愛用されていたことが分かります。その時代の清少納言の作である「枕草子」(成立は西暦1000年ころ)には、「唐(から)の紙の赤みたるに…」とか、紫式部の「源氏物語」(西暦1010年ころの作)にも、鈴虫の巻に「唐の紙はもろくて、朝夕の御手ならしにもいかがとて、紙屋(かんや、かむや)の人を召して、ことに仰せ言賜ひて心ことに清らに漉かせ給へるに、…」と記載されています。
このように当時の「唐の紙」は概して色は赤っぽく、紙質はもろく裂けやすく脆弱であったようです。平安時代中期の当時は、中国では唐の時代が終わりますが、このころの「唐の紙」は、改良される前の初期の破れやすい竹紙と考えられています。
そして宋の時代となり次第に竹紙が盛んになっていきますが、宋代以後は、竹紙は改良され、墨汁の吸収も良くなったため画仙紙(書画用)に使用されたり、表装の裏打ちにも用いられるようになりました。
なお、わが国では中世には唐紙を「からかみ」と呼ぶほかに、「とうし」と言うようになりましたが、この場合は、中国で竹を原料としてすいた画仙紙用の毛辺紙を指すものと思われます(世界大百科事典 「唐紙」柳橋 真著)。
日本でも竹を原料として同様にして漉かれたようですが、楮などを原料とする和紙の強靭さには及ぶべくもなく、あまり行われなかったようです。
ただ、竹は毛筆用の紙の原料としては大変優れた性質を持っており、それを原料にしている竹紙は独特の色合いと墨付きの良さは定評があり、墨に良く馴染むので、書道用紙として高い評価があります。このため唐紙(画仙紙)は文字を書くのに適し、今でも書道家の間では多く好まれています。書道界で唐紙と言っているものは、竹の繊維を原料とするものが主流で、やや繊維が粗くざらついて黒色の悪いものを一番唐紙、茶色で紙肌も滑らかなものを二番唐紙、白く墨色も出てやわらかいものを白唐紙といっています(久米康生著 和紙文化辞典)[(参照)コラム(12) 紙の用語解説[2]和紙とは、唐紙とは、洋紙とは(2003年9月1日)]。
ところで作家であり、文化功労者でもある故水上勉氏には「竹紙を漉く」(文春新書)の著作があります。氏は竹製の文楽人形を操る舞台芸術の考案者としても知られますが、やがて竹人形の面に使われる竹餅(餅状になった竹の繊維)に親しむうちに、竹の文化の奥深さと竹紙漉きの魅力にとりつかれ、中国宋代に隆盛をきわめた「竹紙」の世界に魅入られます。そして17世紀に書かれた中国の旧い技術書「天工開物」(上記紹介)をマニュアルとして、その挿画そのままに工房を建設、有志と試行錯誤の末、現代日本に伝統ある中国の技「竹紙」を再現しました。この伝統工芸品は多くの書家、日本画家の支持を得ており、現在もそれを引き継ぐ竹紙作家が「越前竹人形」の水上さんの工房でつくられておられます。(参照)水上文学のふる里 若州 一滴文庫、竹紙工房風草舎、1Fショップ<竹紙いろいろ>
なお、現在わが国で漉かれている「竹紙」関連について、全国手すき和紙連合会のホームページから下記にまとめました。詳細は全国手すき和紙連合会、和紙の種類(その他)をご覧ください。
(1)書道用半紙・画仙紙
書道用紙は毛筆で書きやすく墨つきのよい紙が適しています。非常に多種類あり、区分けは困難です。
書道半紙は、室町時代より書道紙を半分に切って節約して用いたり練習用に使ったことから、半切紙の意味で使われていました。画仙紙は中国で画用として使われていた紙が、日本に来て書に用いられて以来、書道用になりました。画箋紙、雅仙紙などと書かれていましたが、今では画仙紙が定着しました。
いずれを問わず、原料はかな書き用紙は伝統的な楮・三椏・雁皮等を中心にして組み合わせており、漢字用紙はイネ科の稲藁・カヤ・アシや竹などを基本にして組み合わせています。イネ科植物は、繊維が短くにじみの紙をつくり出します。この他に、木材パルプと故紙パルプを組み合わせて、にじみ、かすれなど発墨性のすぐれた何千種類の紙が作り出されております。
(2)越中和紙の水墨画用紙
五箇山地方(富山県)で昔から漉かれている八寸紙(半紙、中折紙)は、寺社の料紙や諸帳簿など記録用として使用されました。近年は、これが書画用紙にも利用されるので、従来の楮、三椏の他にわら、竹繊維を配合して水墨画用の機能をもたせたものです。寸法は菊判や全紙判も漉いています。
(3)因州和紙の竹紙
原料は竹、つなぎに雁皮。竹は中国では古くから紙の主原料で、日本では江戸末期より使用されています。竹繊維は吸水性のよい繊維です。作り方は圧力釜で5気圧以上で煮ます。2、3日おいて、灰汁抜きを約3日間繰り返します。灰汁が抜けたらビーターで打解し、漂白後カルキ抜きを約3日間繰り返します。つなぎの雁皮も平釜で煮ます。灰汁抜き(3、4日)、漂白(2日)、カルキ抜き(3日以上)を繰り返し、チリ取り後打解します。原料づくりで3週間~4週間かかります。特徴は、にじみ、墨色が良く、濃淡がはっきりすることです。
(4)水俣和紙の筍皮紙(たけのこがわわし)
筍(たけのこ)の皮を原料にした珍しい紙。素材が素材らしくあり続けることを考えながら漉いています。煮熟は、ソーダ灰、苛性ソーダの2回煮熟、すべて手打ち叩解、乾燥は天日で行いました。水俣は言わずと知れた公害の街、かつて近代化学工業はいわゆる農漁村の暮らしむきを変え、またまた公害は街が近代化することをも許しませんでした。新しい一歩をふみ出した街で、新しい伝統がつくり出せたら…、そんな思いをたいせつに漉いていますが、自然を手にしたようで利用者には喜ばれています。
(5)笹紙
笹紙は、北海道幌加内町の豊かな森林に育成する千島笹の若い茎(幼稈)から作られます。日本一の最低気温(マイナス41.2℃)を記録したこともある極寒の地幌加内の厳しい自然の中で育った千島笹は、繊維が緻密で強くしかも驚くほど軽くしなやかな紙を生み出します。また、千島笹の性質を生かし、若い茎だけを採取する方法なので親笹には影響がなく、毎年同じ場所で採取でき、森林保護の面からも注目されています。笹紙は、夏は涼しさを。冬はあたたかさを感じるやさしい風合の紙ですが、大手電機総合メーカーでは、千島笹パルプを使用して、スピーカー用振動板「ホロファイン」を開発し、平成3年より、テレビやCDプレイヤー等の商品に使用しています。これは和紙ではありません。手漉きの「紙」です