今回は、用語解説(2)として和紙、唐紙、洋紙について整理しました。
はじめに、基礎となる「和(わ)」「唐(とう、から)」「洋(よう)」の意味について復習しておきます。「広辞苑(第五版)」によりますと、各々いろいろな意味がありますが、その中で「和」は、日本(大和国・倭国・和国、倭)とか、日本製・日本風・日本語などの意を表します。また、「唐」は、もともと中国の王朝名、唐(とう、西暦618~907年)のことですが、広く中国の古称としても使われ、「唐物」と言われるように、中国から渡来の事物に添えていう語として使われます。さらに「洋」は、西洋(=欧米諸国)の省略語などとして用いられます。ちなみに、「和漢洋」とは、日本と中国と西洋のことを意味します。
そして、5月1日付けで本サイト、トップページに載せました「文房四宝」(硯・墨・筆・紙)を例にしますと、中国製でわが国に輸入したものには、唐(とう、から)を付けて唐硯(とうけん)・唐墨(とうぼく、からすみ)・唐筆(とうひつ)・唐紙(とうし、からかみ)と言いますが、それらを模倣、工夫して日本独自の工芸として生まれた日本製のものには、和(わ)を付けて和硯・和墨・和筆・和紙と呼ばれています。ただ、この和の中で「和紙(わし、わがみ)」以外は、「広辞苑」にもなく、一般には「和」を付けて言わないようです。「和紙」の場合は、「洋紙」に対する言葉であり、はっきりと区別する必要があるためです。なお、「洋筆」とは西洋式の筆のことで、万年筆やボールペンなどの「ペン」のことですね。
それでは改めて和紙、唐紙、洋紙とそれらの関連用語について説明します。
(読み方) | 説明 |
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和紙 (わし、わがみ) |
日本特有の紙で、明治初めにわが国に西洋から伝わってきた洋紙(西洋紙)に対して生れた語です。「わがみ」とも言います。日本紙と同義語で、対応英語は、WASHI、Japanese paper。 本来は、古来からある手漉きによる紙、すなわち楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)などの長繊維である靱皮(じんぴ)繊維を原材料とし、トロロアオイの根や、ノリウツギの樹皮などから抽出した粘剤「ねり」を混ぜ、流し漉きという日本独特な技法を取り入れたわが国で漉かれた手漉きの紙を言います。薄くて強靭で、風合いが美しい紙が得られるのが特長で、半紙・美濃紙・杉原紙・吉野紙・奉書・鳥の子など種類が多くあります[和紙について 和紙の知識参照]。 しかし現状では、手漉き和紙を模造して明治後半から生産された、大量生産に適す抄紙機による機械すきの和紙、いわば擬造手漉き紙(imitation handmade paper)と合わせて「和紙」と呼称されています。従って、現在「和紙」は、手漉き和紙と機械すき和紙とに分類されています。 機械すき和紙は、古紙・木材パルプ・ぼろ・マニラ麻などの繊維を主原料とします。その種類は、ちり紙などの家庭用薄葉(うすよう)紙のほか、障子紙・書道用紙・仙花紙などですが、かつて手漉き和紙が漉いていた品目が多くあります。そして洋紙の生産技術と和紙の伝統を融合し、極めて手漉き和紙に近い風合いができるようになり、生産量も機械すき和紙のほうが多くなっています。そのため手漉き和紙は、まだ風合いなどの質的優位性はあるものの、ますます希少で貴重な存在になっています。 |
日本紙 (にほんし) |
西洋紙(洋紙)に対する語で、わが国で育った紙(和紙)のこと。 |
唐紙 (からかみ) |
唐紙は、「からかみ」と「とうし」の2通りの読み方があります。そして「からかみ」と読んだり、言った場合には、2つの意味があります。以下、説明します。
「からかみ」と読む場合ですが、 ①ひとつには、もともとの意味で、中国から輸入した華麗な文様で装飾した紙(美術紙)のことを言います。この装飾紙とは、紙の全面に胡粉(ごふん)を塗り(具引き)、その上に雲母(きら)の粉末で文様を版木を用いて刷った紙のことで、キラキラと光ることから、「きら」とか、「きらきら」などとも呼ばれます。[注]胡粉(ごふん)とは、貝殻、一般に牡蠣の殻を焼いて細かく粉末にしたもの。また、具とは、胡粉を膠で溶いた液をいい、これを刷毛で引くことを具引きといいます。雲母は、普通ウンモと呼ばれる鉱物で、多くは白雲母が用いられますが、光沢があり、光ることから「きら」「きらら」といわれ、唐紙ではその粉末を顔料に使います。
中国の唐紙とその手法はわが国に渡来しましたが、やがて、同じ文様を写して版木に彫り、類似の装飾紙を日本で作るようになりました。この模造紙は、平安時代に初めは和歌を書く詠草料紙(えいそうりょうし)として用いられていました。後に襖(ふすま)の上張りに使用され、その紙は「からかみ」と呼称されるとともに、襖障子(唐紙障子の略…唐紙を張った障子)も意味するようになりました。これがわが国での唐紙(からかみ)の始まりです。
②これに対して、広義には、中国から渡来された紙全般のことを言います。必ずしも唐時代に限定されず、唐王朝 (西暦618~907年)の名は時代が移っても中国を代表するものとして使われ、中国からの舶来品は「唐もの」として幅広く使われ珍重されました。平安時代の文学には、たびたび、「からのかみ」「からかみ」が出てきて、消息(しょうそく、しょうそこ、手紙・書状・文通のこと)などに愛用されていたことがわかります。
なお、中世には唐紙を「からかみ」と呼ぶほかに、「とうし」と言うようになりました。この場合は、中国で竹を原料としてすいた画仙紙用の毛辺紙を指すものと思われます(世界大百科事典 「唐紙」柳橋 真著)。「とうし」については、下記欄「唐紙(とうし)」(「唐の紙(からのかみ)」)をご覧ください。 |
唐紙 (とうし) |
中国で製造され日本に輸入された紙のこと。唐の紙(からのかみ)に同じ。 わが国、奈良時代の正倉院文書には、唐麻紙、唐白紙、唐色紙、大唐院紙などの文字があり、写経などに中国製の紙が用いられました。 また、清少納言の作である「枕草子」(成立は西暦1000年ころ)には、「唐(から)の紙の赤みたるに…」とか、紫式部の「源氏物語」(西暦1010年ころの作)にも、鈴虫の巻に「唐の紙はもろくて、朝夕の御手ならしにもいかがとて、紙屋(かんや、かむや)の人を召して、ことに仰せ言賜ひて心ことに清らに漉かせ給へるに、…」と記載されています。概して紙質はもろく裂けやすく脆弱であったようです。平安時代中期の当時は、中国では唐の時代は終わり、宋の時代で、次第に竹紙が隆盛となりましたが、このころの「唐の紙」は、改良される前の初期の破れやすい竹紙と考えられています。
このように宋代以後は、竹を主原料とし、墨汁の吸収がよいため画仙紙(書画用)に使用されたり、表装の裏打ちにも用いられてました。文字を書くのに適し、今でも書道家の間では、唐紙(とうし)を好む人が多く、書道界で唐紙と言っているものは、竹の繊維を原料とするものが主流で、やや繊維が粗くざらついて黒色の悪いものを一番唐紙、茶色で紙肌も滑らかなものを二番唐紙、白く墨色も出てやわらかいものを白唐紙といっています(久米康生著 和紙文化辞典)。 |
唐の紙 (からのかみ) |
舶来の紙。とうし(唐紙)に同じ。 |
和唐紙 (わとうし) |
三椏(みつまた)を主原料として楮(こうぞ)を混ぜた紙料で、中国の唐紙(とうし)を模して漉いた大判の和紙。江戸末期より作られ、神奈川県川崎市多摩区が主産地でした。 |
洋紙 (ようし) |
西洋から舶来した紙のことで、西洋から伝えられたことから和紙に対して洋紙といい、西洋紙とも言います。対応英語は、foreign paperか、単にpaper です。 明治初期にわが国で、西洋から伝わった抄紙機によって造られた紙を内国産洋紙と呼んでいましたが、後に舶来品と内国産を含めて洋紙と言うようになりました。 |
西洋紙 (せいようし) |
洋紙に同じ。 |
東洋紙 (とうようし) |
三椏繊維を原料とし、溜漉(ためず)き法による厚手の強靱な和紙で、高知県の吉井源太(1826~1908)らが民間で開発した大判の紙。高知のほか福岡・岐阜・福井などに産し、主に包み紙に適しており、中国に多く輸出されました。 |
西暦105年、蔡倫(さいりん)によって改良された中国の紙は、長い時を経て日本と西洋へと別々に世界各地に伝播して行きました。紙を作るのは、もともと手で行っており、紙すきが伝わったヨーロッパでも18世紀までは手すきで、18世紀末の抄紙機の発明と、19世紀に入ってその実用化により機械すきが行われるようになりました。
一方、日本に伝わった中国の紙は、改良され、わが国の紙として育まれました。後に西洋からの紙と出会い、和紙と呼称された日本の紙は手漉きですが、機械すきの洋紙と作るニュアンスに違いがあります。
「紙をすく」の「すく」の文字には、「漉く」と「抄く」があります。すなわち、「紙を漉く」と「紙を抄く」ですが、和紙は「漉く」で、洋紙は「抄く」です。ここで本サイトのFQA(14)用語「すく」という意味と漢字の中の「紙をすく」に若干、加筆し下記に再録します。なお、全文はこちらをクリックし、ご覧ください。
- 「漉」は、「こす・すく」と訓読し、紙漉き、海苔(のり)を漉くなどの意があります。すなわち、水に溶かした原料を簀の上に薄く敷きのばし、紙、海苔などを作ることです。紙や海苔は単に「つくる」のではなく、温もりのある人の手で、心をこめて「すく」ものであるとの微妙なニュアンスかあります。
- 「抄」には、抄紙機で紙を製造すること(抄紙・抄造)などの意味があります。
用例
「漉」と「抄」の使い分け…手漉きと機械抄きのように、人手による手作り(handmade)の場合は「漉」、機械によるときは「抄」が一般的に使われます。例えば、和紙関係に出てくる「流し漉き」「溜め漉き」「紙漉き職人」、洋紙関係で用いられる「抄紙」「抄紙機」「抄造」などがあります。また、古来からある伝統の和紙には、手漉き(手漉き和紙)の文字がふさわしく、機械すき和紙には、機械抄き和紙という文字が適しています。
- なお、「紙を作る」ことの用語として、日本では「紙漉き、抄紙、製紙、抄造」などがあり、中国では「造紙」、欧米の英語では「ペーパーメイキング(paper making 製紙の意)」が用いられています。
そして本サイトの和紙についてに、和紙の知識(4) 和紙と洋紙との比較 があります。
(2003年9月1日付け)
参考・引用資料
- JISハンドブック2002 紙・パルプ(日本規格協会発行)
- 広辞苑(第五版)…CD-ROM版(株式会社岩波書店発行)
- 世界大百科事典(第2版 CD-ROM版)…日立デジタル平凡社発行
- 和紙文化辞典 久米康生著(わがみ堂発行)