背景にある「木を切ることは悪いことだ」との思い?
それにしてもゴア氏の記述「製紙は、最も汚染がひどく、森林に破壊的な影響を与えている…」は、上述のことばかりではなさそうです。ゴア氏の「紙を使うと森がなくなるから、紙をあまり使わなくしよう」という背景には「木を切ることは悪いことだ」との根強い思いがあるのではないでしょうか。
「紙は木から作られている。木は地球環境に良い、自然からの恵みの資源である」。したがって、「その木からできている紙は地球環境を破壊している。また紙を生産している紙パルプ産業は森林を破壊し、地球環境を破壊する産業だ」という考え方です。この考え方や思いは、紙パルプ産業の改善対応と努力により過去のこととして、わが国ではかなり少なくなってきていますが、自国の「経済成長」を優先し、温暖化防止等の「地球環境問題」に消極的な米国ではいまだ根強く残っているのではないでしょうか。
しかし、わが国でも、紙を作るために「木を切ることは悪いことだ」との考えを今でもときどき見かけます。それを次に紹介しますが、これはごく最近の「日本海新聞」(5月18日付新日本海新聞社発刊)に載っていましたが、その全文を引用させていただきます。
小中学生を対象に全国学力テストが先月、43年ぶりに行われ、「学力を把握するために必要」「過度の競争を招く」と論争を呼んだが、意外な場所で意外な反応を聞いた◆王子製紙米子工場を訪れた時のこと。ふだんは明るい吉野正樹工場長の表情がさえない。工場長の手には小学六年国語の問題。資源の有効利用と紙についての記述の中に「紙の原料である森林を守るためにも、古紙を利用して、むやみに木を切ることがないようにする必要があります」とある◆「残念。非常に残念」と工場長。だが、何がそんなに残念なのか、分からない。紙というとすぐに熱帯林の破壊が頭に浮かび、製紙業イコール自然資源収奪型産業とイメージしがちだ。学力テストの問題にも同種の先入観を感じる。だが、それは大きな誤解だったようだ◆製紙業界では紙と森のリサイクルが進み、同社の場合、すでに紙の原料の約60%は古紙が使われている。一方で、オーストラリアなど海外で植林を進め、2010年までに30万ヘクタール(鳥取県全体にほぼ匹敵するぐらいの広さ)の植林面積を達成する計画。かつてこの山陰で「たたら製鉄」が盛んに行われたころ、先人たちが広大な山林を確保して植林に努め、森を守ったのと同じ発想だ◆古紙を最大限利用したうえで、残りの原料をすべて植林木でまかなうことができれば、自然への負荷は弱まる。「夢の実現に向かって挑戦中」という頼もしい説明であった。(日本海新聞 海潮音(2007年5月18日付))
これは今年(07年)4月24日に実施された全国学力テスト(文部科学省)で小学6年生に出題された国語の問題にからむものです。
その中に資源の有効利用と紙についての記述の中に「紙の原料である森林を守るためにも、古紙を利用して、むやみに木を切ることがないようにする必要があります」とありますが、このくだりが「残念。非常に残念」と王子製紙米子工場長が言われたわけです。紙というとすぐに熱帯林の破壊が頭に浮かび、製紙業イコール自然資源収奪型産業とイメージしがちで、学力テストの問題にも同種の先入観を感じるというものです。そして製紙のために「木を切ることは悪いこと」であるという考え方が見え隠れするからです。
このような思いは以前にもありました。それはちょうど5年前の2002年春に行われた鳥取県の高校入試問題(英語)のことでした。入試問題の説問の中に「木や石油は地球の資源である。紙袋やビニール袋を減らすためにマイバッグを持っていこう」とあり、ごみの減量化・リサイクルのため、買い物袋持参を進めるマイバッグキャンペーンの主旨に沿い、これ自体は非常によいのですが、その中で「紙袋は木からできており、沢山の木が切られている」というくだりがあるのです。ショックでした。「紙を作るために木を切ることは悪いことだ」との思いは過去のものだと思っていたからです(「紙への道」コラム(1) 紙と森林…木を切ることは悪いことか、紙・紙パ産業は悪か)。
かつて、紙パルプ産業で大きく問題になったのが、森林、とりわけ減少しつつある熱帯林問題です。わが国の紙パルプ産業も紙・板紙の大量生産・大量消費により、その主原料が木材であり、かつ輸入材(丸太)が多かったことから、熱帯林を破壊するというイメージがあり、「製紙原料として天然木材を伐採して使用している」ということで、「森林を破壊する元凶」とか、「地球環境破壊産業」であると言われました。そして学校の先生方やマスメディア関係者など多くの人が、「木を切ることは悪いことである」という考え方や思いを持ち、マスメディア等で報じられたことがありました。
それを払拭すべく紙パルプ企業の古紙の再利用(再生紙)や植林事業、木材のチップ化と廃材の製紙原料への再利用などを進める努力が行われました。しかし、それにもかかわらず、なかなか過去の染みついたイメージはなかなか拭い去ることにはなりませんでした。
わが製紙産業、「環境対応型産業」へ。なお一層、努力中
その後、製紙業界全体の統一目標を決め、大きく向上するきっかけになったのが、業界の代表である日本製紙連合会策定の地球温暖化対策と循環型経済社会の構築などを織り込んだ「環境に関する自主行動計画」の制定(1997年1月)です。
これは日本経済団体連合会の「経団連環境アピール」-21世紀の環境保全に向けた経済界の自主行動宣言-(1996年7月)に呼応するものですが、次表に「環境に関する自主行動計画」のメインテーマである地球温暖化対策、循環型経済社会の構築の中で主な取り組みの最新改正目標と当初制定目標を示しておきます。
分野 | 最新改正目標 | 当初制定目標(1997年1月) |
---|---|---|
地球温暖化対策 |
|
|
|
|
|
循環型経済社会の構築 |
|
|
|
|
|
|
- |
表のように、化石エネルギー原単位とCO2排出原単位の削減、植林地の拡大、古紙利用率の向上などの達成年度と数値目標を設定されて取り組み中で着実に成果が上がっています(環境に関する自主行動計画)。また、「違法伐採問題に対する日本製紙連合会の行動指針」が制定され、違法に伐採され不法に輸入された木材・木材製品は取り扱わないことも決められて、今年3月に追加目標となっています。
なお、下表にわが国の紙原料使用実績(2006年)を示しますが、本資料は「週刊春秋」に連載中のコラム「紙と私」(日本製紙連合会提供…07年5月3・10日特大号)のPAPER Q&A Vol.13から引用したものです(出所:経済産業省、財務省、日本製紙連合会)。これによれば、昨(06)年におけるわが国の紙・板紙の生産に使用された原料は、古紙が61%、植林材(人工林)17%、製材残材や天然林の低質材等のチップ15%、および輸入パルプが7%となっています。
構成比(%) | |
---|---|
古紙 | 61 |
植林材チップ | 17 |
製材残材チップ | 8 |
その他チップ(天然低質材等) | 7 |
輸入パルプ | 7 |
計 | 100 |
このように、わが国の製紙原料には増えつつある古紙や、「森のリサイクル」として促進されている植林事業から得られる植林材、製材のときに出る余剰木材(残材、廃材)、天然林健全育成のため間伐した廃材などの低質材が使用され、これらで90%以上を占めています。それに残りは先進国主体からの輸入パルプですが、こちらのほうは次第に少なくなってきています。また、最近特に大きく向上したわが国の古紙利用率と古紙回収率の推移を見ていきます。ここで古紙利用率とは紙・板紙生産量に占める古紙消費量の比率で、古紙回収率は国内で消費された紙・板紙のうち回収された割合を言います。
1970年 | 80年 | 90年 | 95年 | 98年 | 99年 | 2000年 | 01年 | 02年 | 03年 | 04年 | 05年 | 06年 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
古紙利用率 | 34.0 | 41.5 | 51.5 | 53.4 | 54.9 | 56.1 | 57.0 | 58.0 | 59.6 | 60.2 | 60.4 | 60.3 | 60.6 |
古紙回収率 | 38.6 | 46.1 | 49.7 | 51.5 | 55.3 | 55.7 | 57.7 | 61.5 | 65.4 | 66.1 | 68.5 | 71.1 | 72.4 |